『レイアウト』

いわゆる“業界怪談”の典型的な話である。しかもグラフィックデザイナー関連の怪談話ではほぼ都市伝説化しているような鉄板の話である。ストーリーを読むか読まないかのうちに、おおよその展開を想像することも出来たし、実際その範囲で全てが展開してしまっている。怪異そのものとしては取り立てて珍しさもなく、むしろあまりにもストレートな内容であるためにかなり拍子抜けしてしまったというか、作品単体での評価をするのが憚られるレベルと言ってしまっても良いと思った。
そして一番の問題は、このありきたりな怪異を実に冗長な文章で編み上げてしまったために、まどろっこしい印象だけが強烈に残ってしまった点である。業界怪談にありがちな専門用語や仕事内容に関する事細かな説明から始まっているが、結局、その前置きから会話の連続となってしまっている。大ネタの作品であれば、これもまた嵐の前の序章と言うべき、ある種の雰囲気となるのであるが、ただ説明がもたついているという印象で終わってしまっている。書き手が勿体ぶって書いているだけと指弾されてもおかしくない、内容と不釣り合いな展開であると言えるだろう。要するに、体験者の新人時代の話であり、完成データの一部修正という変わった依頼、さらに不思議な作業条件がついており、依頼主も判らないという謎だけが提示されていたら良いわけである。会話によるやりとりでややこしい説明を簡潔にする技巧もあるとは思うが、この作品の場合は、怪異そのものの小粒ぶりを考慮すると、逆に箇条書きに近い説明であっさり済ました方が適当であったという意見である。
さらに、体験者が怪異に巻き込まれていくプロセスも、怪異の割に冗長である。最初に注文された“べからず”の誘惑に負けて、ついついタブーの部分に入り込んでいく心理的描写としてはそこそこ読ませるとは思うものの、結局ここでも怪異の内容と比べると何となく大仰という読後感を持ってしまうわけである。丁寧な描写はあるに越したことはないが、ただそこまで強烈な怪異でない場合に一気にそのスタイルで畳み掛けてこられると、どうしても怪異そのものが描写に負けてしまうのである。もしこれが、読み手の予測を超える、また類例を見ないような結末を迎えるような怪異であったとすれば、この丁寧な書きぶりは決して悪い方向に向かうことはなかったであろう。例えるならば、外観は立派な建物であったとしても、そこに展示されている品物が貧相であれば、品物本来の価値よりも落胆することになるのと同じ心理が働くと思う次第である。特に実話怪談の基本的な価値は“あったること”としての怪異であり、いくら絶妙な文章で飾ったとしても怪異の弱さを覆い尽くせるものではないだろう(作品を支配するアトモスフィアとか情緒といった感覚的な印象を決定づける言葉を散りばめるといった趣向であれば、言を尽くすことによる怪異との相乗効果は有効だとは思う。しかしこの作品のように、説明的描写をいくら微に入り細に入り積み重ねても、怪異そのものの弱さをカバーするのは難しいだろう)。
むしろこのような都市伝説に近いような怪異譚である場合、その信憑性を引き寄せるための言葉を重ねていく方が、もっと有効的だったように思う。例えば、パンフレットのレイアウト内容についての説明描写については、このぐらい丁寧に書かれていても厳しいとは感じなかったし、ある種のリアリティーを獲得するのに効果があったという意見である。許される範囲であれば、この旅館についての情報などがもっとあってもおかしくない(旅館が現在でもつぶれていないという証言が出来るのであれば、日本のどのエリアにあるのかなど、もう少し具象性のある情報は出せたのではないかと推測する)。体験者の細かな心理描写よりも、このデータが実在することを証明するための情報の方が、この作品では必要だったのでは亡いだろうか。
怪異のレベルに合わない勿体ぶった書き方という印象が強いため、どうしてもマイナス評価とせざるを得なかった次第である。ただ適切な書き方となったとしても、可もなく不可もない内容であるという評価でもある。
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