『青い顔の男』

相当長い作品であるが、思いの外すんなりと読めた。文章が読みやすく、またストーリーそのものは長いが各エピソードがきちんと分けられているために、大きなストレスを感じなかったせいであるだろう。結構硬派なタイプの文であるが、重さを感じさせることはなく、むしろ安定感のある文の流れが出来ており、「実話」というよりもむしろ「実録」というハードボイルドな印象が強く残った。まとまった文章を書く経験が豊富にあり、しかも説明調の硬い文章を書き慣れているという感がある。個人的には案外好きなスタイルの文であるので、余計によく読めたところである。
この作品の一番の問題点は、文章の長さと怪異のネタのバランスである。正直なところ、ここまで長大な文章にして読み手を引っ張っていくだけの強烈なネタであるかの評価が、非常に微妙なのである。怪異の元凶と言うべき人物が未だにネット上を徘徊している可能性が大きい、ほぼ現在進行形の話であり、またSNS という限られた空間での話で、下手をすると登場人物の全てが特定できる危険もあるような、非常に生々しい話でもある。それ故のギリギリの際どい怪異譚、ある意味、書き手自身も体験者(話の提供者以下、この作品に登場する人物の全て)もこれを機に何らかの報復を受ける可能性もあるし、今は無縁でも今度何かのきっかけで同じ目に遭う読み手もあるかもしれない、そういう意味合いで相当怖い話であるという印象がかなり強い。この側面で言えば、硬派な文調のこの作品は、強烈なリアル感を生み出すことに成功しており、読み手に恐怖を与えるものであると言えるだろう。特にこの小沼なる人物の造型は際立っており、このキャラクターを確立させただけで十分な恐怖譚として成立しうるという意見である。
しかし、純粋な怪異の現象を見ると、また違った一面を見せる。要するに、文章の長さの割に起こった超常現象が月並みであるという弱点である。不思議な者が写った写真をはじめとして、客観的に怪異が起こったことを示す小道具は揃っており、怪異を体験した人間も複数あるため、怪異そのものに対する信憑性はそれなりに確保できていると思う。しかしいずれのケースも小粒な怪異であり、結局、大ネタ作品にあるような読み手を震撼させるような怪異については不発であるとしか言いようがない。以前から指摘しているように、小粒な怪異をいくら積み上げても怪異の沸点を作り出すには限界があり、その沸点の低い場合は、文章をやたら引き延ばすことは怪異のインパクトを薄めるだけで効果がないという意見である。この作品の場合も、純粋に怪異で勝負するとなると分が悪い内容であり、そうなるともっとコンパクトに作品をまとめる必要性があったのではないかという気もする(たとえそれが小沼という恐怖の的を作り上げる目的であったとしてもである)。
この作品は、一長一短が明確であり、結局読み手がどちらの印象になびくかによって評価は分かれると思う。作品全体に覆い被さる恐怖の雰囲気か、あるいは現象としての怪異の積み上げかである。前者を取れば高く評価できるだろうし、後者を選べはあまり良い印象は出てこないだろう。個人的には、「実話」である以上は怪異の内容を付け足しすることは出来ないが故に、作品全体を支配する雰囲気を構築させた書き手の筆力を評価したいと思う。ただし怪異そのものの弱さは否めないために、やはり大ネタの作品に付けるべき評点まではいかないというスタンスである。1冊の作品集で言えば、中間部分に挿入して読者を締める感じのネタに当たるのではないだろうか。それなりに良く出来た作品であると思う。
【+3】