『ひゅ。』

高齢者が子供時代に体験した、ノスタルジックな怪異譚である。戦前から高度成長時代が始まる前ぐらいまでの時期にあった体験談ということで、ある種“古き良き日本”を彷彿とさせる内容が多いのが特徴である。以前「戦争怪談は希少。特に戦場の怪談は、体験者の高齢化に伴い、近いうちに証言者自体が絶えるだろう」と主張していたが、この戦争怪談の次に登場してきた希少種と言うべき存在である。この作品も、体験者が現在70歳であるが、1950年代に幼少期を過ごした人々はまもなく70代になろうとしている。平均寿命が85歳前後ではあるものの、時代風俗に関する証言保存も併せて、そろそろ積極的に採話すべき段階に入ってきているという思いがする(昨今の怪談本を読むと、この時代に属する体験談が少なからず掲載されていることが多い。この傾向は個人的には非常に喜ばしいことである)。
作品であるが、子供時代の強烈な印象は記憶に残りやすいと言うべきか、非常に細かな部分まで証言が及んでおり、体験談としての価値は高いと思う。作品の展開はあまり奇を衒ったものでもなく、体験者がそれまでに知り得た噂の情報を提示し、その秘密を知るに至る顛末を時系列的に書くというオーソドックスなものになっている。体験談の展開に飛躍がなく、それでいながら、体験したあやかしの内容からさらに後日談としての不可解さを強調する事実まで、読み手を適当に刺激する内容を小出しにして引っ張ってもいる。一文あたりの語数が少なく、テンポよく読ませることが出来ているという印象である。また書き手の文章に対する配慮も行き届いているという感じであり、例えば語尾について言えば、現在形と過去形の語尾を適当に織り交ぜて、単調にならないような工夫をしていたりもする。さくさくと書いているようで、かなり細かな部分まで気を遣っていると思う。
ただし、あくまで個人的な意見になるが、最後の部分がどうしても引っかかった。怪異譚でもあると同時に怪異の内容のエロティックさ故に、体験者からすれば『ヰタ・セクスアリス』的な側面を持っているわけであるが、最後に書かれている体験者の現在がどうも作品全体から乖離しているという印象なのである。結経、この最後の発言は、ファインダーをのぞきこんで写真を撮ることを生業としている事実を、体験と絡めてユーモラスに語っているだけのことである。そこまでに体験者のキャラクターについても言及しておらず、この職業に関する話はあまりに唐突すぎるし、最後に付け加える意図が全く不明確である。不謹慎な話になるが、仮に体験者がこの強烈な怪異体験を通して、本当に奇異な性癖を持つようになったとすれば、それは本題の怪異との繋がるだろうし、最後の締めくくりとしての整合性もあると言えるかもしれない。しかしこの作品のような終わり方は、やはり取って付けたような印象しか残らない。“のぞき見”というキーワードで一見結びついているようには見えるが、結局は強引にこじつけているだけとしか受け取れなかった(体験者自身の言ではあるが、怪異に対して本質的ではないコメントである)。とにかく個人的には、全体的な基調であるノスタルジーを活かすような締めくくりであって欲しかった次第である。あるいは、1行目で提示された“70歳”という表記を削ることで、最後の最後で年齢を種明かしするという意図で書かれていったいれば、これはこれで得心のいく構成であったと思う。
怪異体験そのものは優れた内容であり、それを忠実に再現した、読むに耐えうる作品であると思う。ただし最後の部分で蛇足と言われてもおかしくないようなトピックを書いてしまったと思う。高評価であるが、高水準までは至らずということで。
【+3】