『現代実話集 琉球怪談』

琉球怪談―現代実話集 闇と癒しの百物語

琉球怪談―現代実話集 闇と癒しの百物語

怪談というもの、それを体験した人の精神的な文化土壌に根ざしたところに、その本質が帰結するものであると思っている。例えば、怪談は恐怖を煽るものと言っても、文化によってはその恐怖の対象に差が生じる。あるいは怪談は人の負の感情を揺さぶるものと言っても、その感情を惹起させる対象は微妙に異なっている。個人的な体験も要素ではあるが、それでもなお土地によっても差違はあると考えてもいいだろう。
そういう観点から言うと、沖縄の精神的風土は“日本”という括りにあってもやはり異質である。私的な意見を言わせていただくと、神様の体系が異なると精神文化は異なるわけであり、沖縄はまさにその部分で最も突出した異質が存在する土地である。そして本土とは異なる歴史を歩んできたことも、精神文化の形成に大きく影響していることも間違いない。
この『琉球怪談』であるが、以前にも沖縄に特化された怪談集は存在している。ただそれらは少々趣が違っていた。伝統的な精神文化を重視したため、伝承世界の怪談もかなり採用されており、現在の様相とはまた違うニュアンスで書かれていた部分があるように感じた。言うならば、今の東京の怪談と称する本の中に江戸前の怪談を潜り込ませるような印象である。それに対して『琉球怪談』は沖縄の古名が銘打たれているが、それが精神的な象徴であることは言うまでもない。取材された話も最近のものばかり、作風も『新耳袋』に類したタイプのものであり、実話怪談の正統派と言うべき内容である。
しかし語られている怪異は、やはり沖縄ならではのものである。ユタや沖縄戦、さらにはキジムナーといった独自の文化や歴史に彩られた内容が多い。その中で、別に沖縄でなくてもありうるだろうという現代的な怪異譚も書かれており、今の沖縄を明瞭に捉えていると感じるところが大きい。しかしそういった話の中でも沖縄的な発想が垣間見られることもあり、ローカル怪談としても醍醐味を十分発揮している。
とりわけ感じ入ったのは、体験者達のまなざしの温かさである。そういった類の怪談ばかり集めたのかもしれないが、徹底的な恐怖を煽るような話はなく、むしろ読んでいてなごむというものが大半と言ってよかった(恐怖中心の内容もあるのだが、作者の書き方で随分と柔らかなものになっていると感じる)。勿論そういう心温まる怪談は昨今よく登場するようになったが、この本ではそれが一種の“救い”として扱われているのではなく、全体的な基調となっているところに特徴があると言えるだろう。それ故に強烈な恐怖を求めるには些か物足りなさを感じるかもしれないが、ただこの世とあの世との距離がグッと縮まったような感触は間違いなく残ると思う。
ついでながら、この本と一緒に購入した『沖縄のうわさ話』と併せて読むと、沖縄的な何かがおぼろげながら浮かんでくるのではないだろうか。ローカル怪談、しかも伝承中心ではなく実話主義を貫いている点では、なかなか味わいのある作品であると思う。


追記:
全くの個人的な話になるが、この本の著者である小原氏が古書店を営んでおられた旨の記述を見て驚く。沖縄の習俗を勉強したいと思って何冊かの本を地元古書店から購入したのだが、それが氏のやっておられた店であったとは…。しかも同郷で年齢も5つ違うだけ。そういうところに縁を見つけてニコリと微笑むことができるのが、あやかしを愛でる者のたしなみである。続編を期待したい。