『みちのく異界遺産 やまがた篇』

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普段は書斎に籠もって本ばかり読んでいるが、時々思い出したように旅に出る。行き先は各地に点在する伝承地、言うならば、理論に対する実践である。そういう旅をする者にとって、非常に興味深いDVDである。
紹介されている山形県内の伝承地は全部で七箇所。正直なところ、これで山形の伝承地の全てが解るわけでもないし、むしろもっと有名な場所があると意見を出してくるその道の達者もあると思う。私自身も、やはり七箇所という数は少ないと感じるし、山形市内か鶴岡市内だけでも七箇所を集めてもまだお釣りがくるだろうと考える。しかしいざビデオを見ると、十分に堪能した。とにかく中身が濃い。メジャーからマイナーまでバランス良く並べられ、メジャーでは新たな発見をもたらしてくれ(主に映像)、マイナーではそれを取り上げた目的が明確に見えた。要するに監修者である黒木あるじ氏の眼力の高さに脱帽するしかない。初心者からマニアまで鑑賞に耐えうるだけの内容であると言えるだろう。初心者にお薦めは即身仏(特別の許可を得て間近で撮影されたお姿は、表情までうかがえて必見である)、マニアには八つ沼と七所明神あたりが非常に参考になると思う。
あやかしの地の探訪ビデオというと、取材者がその地で恐怖したり驚愕したりする瞬間を見て楽しむタイプ、いわゆるテレビのバラエティー番組を彷彿とさせる構成が殆どである。しかしこのビデオでは、そのようなガチャガチャしたものは一切ない。言うならばNHKのドキュメンタリーに限りなく近い。ナレーター(黒木氏自身)の声と映像が中心、そして関係者のコメントが入る程度の、いたってシンプルな作りである。しかしそのシンプルであるが故に、伝承にまつわる光景がダイレクトに伝わってくる。さすがに現地に行っているような追体験が出来ると言うと嘘になるが、それでも“場の空気”が映像の中に詰まっていると感じることは十分可能であると思う。はっきり言って、そういうものを風景から読み取らせてくれる映像作品もあまりないだろう。まさに伝承物件に語らせることに成功していると言うべきかもしれない。
そして映像の美しさは、ちょっと信じられないばかりである。私自身現地へ足を運んだ場所が何箇所かあるのだが、そこで自分で見たものとは全く別のようなものにすら見えてしまった。おそらく黒木氏自身の視線で見たものなのだろうが、プロの目は違うというか、思わず息を呑むような光景にたびたび出くわした。もしかすると、一度でも現地を訪れた者の方が、この映像の素晴らしさを感じるところが大きいのではないだろうか。
“異界遺産”と銘打っているが、その目的を十分に達成されていると感じるほどの出来映えである。伝承地を探訪することに興味を持たれた方は是非見るべきであると思うし、遺産として後世にまで残したいと思わせるだけの内容だと強く感じるところである。
(元来、このブログは“書評”オンリーの場であると明言していたが、敢えてその掟を自ら破ってでもこのDVDは紹介すべきという判断である。それだけ心揺さぶられるものがあったし、この種の本と比べても良心的な作りであると感じ入っている。こういう混迷の時期ということもあって、個人的には是非みちのく全県を網羅していただきたい。それに見合うだけの価値のある作品だと心底思っている)