『アキバ怪談 萌ぇ〜怖ぇ〜』

アキバ怪談―萌ぇ~怖ぇ~ (EICHI MOOK)

アキバ怪談―萌ぇ~怖ぇ~ (EICHI MOOK)

ホラー・怪談は自らが流行を生み出す場合もあるが、逆に時代の風俗・流行を取り入れて生成されることもある。この『アキバ怪談』も出るべくして出た怪談本だと思う。


僕の“アキバ”認知度は並かそれ以下であると推定している。秋葉原へ行ったのは10年前に一度きり。いわゆる“萌え”ブームは知っているいるが、実際に体験したことはない。だいたい中年サラリーマンがテレビなどで“若者文化”として見聞きしている程度の認識しかないと言っていいだろう。そのぐらいのレベルでこの本を読んでいると考えて、評は読んでいただきたい。(なぜこのような講釈を先に入れたかというと、この本ではかなり“専門的”と思われる用語やスタイルがあると感じたからである。それらに精通しているのとしていないのとでは、かなり読み込み度が変化するとの判断が働いている)


全75話の怪談であるが、幽霊の出る心霊系怪談だけではなく、危険な生身の人間が主役の怪談まで、かなり守備範囲が広いようである。この本の一番の特色は“オタク文化”の風俗や習慣が徹底的に描写されているところである。この世界に通じていない人間からすれば、何の意味やらさっぱり分からない言葉をそれこそ注釈もなく羅列している。最初はこれらの術語や登場人物の会話部分の奇妙奇天烈な言葉に辟易としながらも、そのうち何とかその雰囲気についていけるようになった。別の見方をすれば、この本自体が僕個人にとって“アキバ系”文化とのファーストコンタクトみたいなものであった。


肝心の怪談自体の評価はそれほどでもなかった。特に目を惹くような強烈な怪談もなく(1話2ページという制約があるから大ネタも小ネタもないに等しい)、ある程度のところまで読めばオチまで判るというレベルのものであった。しかしながら感心したのは、そのバリエーションの豊富さ。有名な怪談話のパターンをはじめ、さまざまな都市伝説までも上手く“アキバ系”に融合させていく手法はなかなか面白いものがあった。例えば、オフィスの怪談がメイド喫茶での出来事になっていたり、人形怪談がフィギュアになっていたり、呪いや怨恨の主役が“キモオタ”になっていたり…。記号論的に言えば、使い古されたストーリーに特殊な記号(専門用語)を用いることで、新しい意味と価値を与えることに成功したケースであると言えるだろう。怪談に特化すれば大した内容ではないが、パロディではない付加価値を付けることによって読者の興味を獲得しうるだけのものに仕上げた企画力は評価できる(ただし二番煎じが出来るほど層は分厚くないことも確かであるが)。


シチュエーションの変換の巧妙さから言って、都市伝説が発生するプロセスを多分に含んでいると思われる本である。その換骨奪胎ぶりは“噂”作りにとっては大いに参考になるだろう。話のネタの一つとして一読してもいいと思う。ただし本気でひたすら恐怖を味わいたい人は、深入りしない方が得策であろう。あくまで都市伝説的な怪談であることは間違いないのだから。