『百鬼解読』

百鬼解読 (講談社文庫)

百鬼解読 (講談社文庫)

前回の『日本妖怪紀行』と同じく、妖怪系の人気作家+新進研究家(これも後進が出てこないから何時までも付いて回るのだが)の組み合わせによる作品である。しかしこの2冊の本に対する僕の評価は対照的である。


この『百鬼解読』は京極夏彦氏のイラストと多田克己氏の解説文から成るが、セレクトされた妖怪がまさに“京極好み”だと明瞭に分かるものばかりである。その点で言えば、この本は京極ファンが食指を動かすだけの魅力がある。そして京極氏自らが描くイラストが付いてくるのだから、どうしても買いたいという気にさせてくれる。


だが、その実、この本のメインは多田氏の解説文にある。またこの解説文が恐ろしいほどハイレベルなのである。あらゆる文献名が飛び交い、単に妖怪の話題だけではなく、その周辺にある宗教から風俗まで言及されている。特に鳥山石燕の図案に対する“解読”は、圧倒的な知識の力で読者をねじ伏せるような迫力がある。まさに妖怪博物学、あるいは妖怪文献学と言ってもおかしくないほどの知識量であり、限りなくアカデミズム路線を踏襲しようという意図が見えてくる。読者に対して、ある種、敷居の高さを感じさせるものであるだろう。ただその高さは、知的好奇心を挫けさせることなく、むしろ更に昂進させるような面白味に溢れている。使い古した言い方をすれば、まるで韜晦な推理小説のトリックの謎解きを読んでいるが如くである。


『日本妖怪紀行』の水木しげる+村上健司チームと比べると、京極夏彦+多田克己チームの方がネームバリューの面でも読みやすさの面でも一歩譲るように感じる。やはり前者の方がより一般向きであり、後者の方がよりマニアックであると言って間違いない。それでも僕は、後者の『百鬼解読』の方に軍配をあげる。


一般受けはしないが、妖怪に対する新しいアプローチ方法を広げようとしている点でははるかに魅力的である。「ポピュラー」という言葉には安定感はあるが、一方で常にマンネリズムという不安がある。特に妖怪系の書籍は、水木御大さえ出せば売れるとばかり、それにおんぶにだっこというのが現状だ。このぬるま湯に近い状況の中で京極+多田コンビの著作が出るのは良いこと、しかも内容が非常に個性的で意欲的であることは喜ばしい限りである。先鋭的に特化された妖怪学にも一度触れていただきたいと思う。