『続 おまえら行くな。』

北野誠怪異体験集 続 おまえら行くな。

北野誠怪異体験集 続 おまえら行くな。

日本酒の特定名称として“純米酒”がある。いわゆる“醸造用アルコール”を含まない日本酒ということになる訳だが、その歴史を紐解くと本来“純米酒”の方が日本酒として本質であるべきなのだが、あまりにも添加物が入ったものが主流になりすぎたために却って特殊なものとして認識され、分類されてしまっている。

“実話怪談”という名称もこの“純米酒”とほぼ同じような扱いで生まれた用語であるというのが、個人的見解である。本来怪談話は「事実を元に語られる話」であり、まさに“あったること”を語るのが本質であったはずである。ところがその話を効果的に盛り上げるために本質ではない部分で真実でない事柄の付加が容認され、やがてそちらの方に力が注がれる結果となったが故に、純粋な事実の積み重ねだけで構成される怪談話を“実話怪談”として特別扱いしているというのが現在の状況であると思っている。

このような怪談史観を持っている者からすれば、“実話怪談”が一般の怪談話と異なる概念を持ちうる部分としてリアルな筆致を持つ記録性に着目するのは当然の帰結である。そして記録性を重んじる姿勢から、筆者各人の文体の個性を主張することは“実話怪談”の性質とそぐわないという観点に立つ。いかに安定的に均質化された文章を書くことが出来るのか、あるいは怪異の内容を的確に表すことが出来る文章を書くことが出来るのか、その点が最も重要視されるべきだと考える。

この本は、そのような個人的な理想をある意味体現している。言うならば、話のネタを持つ者に対して記者がインタビューすることによって、怪異体験を均質化された文章で表現しているわけである。体験者が感じる生々しい恐怖感は抑制されることになるが、“実話怪談”としての整合性は高まることになる。ただしそこそこのレベルでは済まされない怪異であるだけに、また文章化する人間がツボを心得ているだけに、絶対にポイントを外した内容にはなっていない。特に後半から始まる“ホテル”関連の話は有名どころが満載であるが故に強烈である。伏せ字になっていても場所が特定できるほど有名なスポットでの怪異体験であるが、それが陳腐な内容になっておらず、むしろ新たな視点から、あるいは他の体験との差別化が出来ているために、非常に新鮮でより衝撃的な展開に驚かされたりする。まさに有名スポットでの怪異体験としては極上の内容であると言ってもいいかもしれない。

優れた手法は何度使い回そうとも、その輝きは決して薄れることはない。王道は王道であって、マンネリとは無縁の存在である。好評を博した前作と全く同じ手法を取ったことは正解であると思うし、ネタも期待以上のものであった。やはり買って損はない出来と言うべきだろう。