『怪談実話集』

怪談実話集 (河出文庫)

怪談実話集 (河出文庫)

ここに収められたあやかしの記録の多くは、明治から戦前の昭和までのいわゆる“近代”に分類される時代に起きたとされる話である。編著者である志村有弘氏があとがきで書いているように、ちょうど岡本綺堂田中貢太郎あたりの怪談の名手達が活躍していた頃の話である。現代の実話怪談と読み比べてみると、やはり古色蒼然とした、良く言えば因果応報の思想が生活の中にまで浸透していた人々が暮らしていた時代の、悪く言えばわずかの刺激でも十分怖がることの出来た他愛のない精神構造の時代の産物と言っていいだろう。文章で書かれた怖い話というコンセプトは同じであっても、グレゴリオ聖歌デスメタルを同じ音楽ということで同じ土俵に上げて論じるのに無理があるように、やはりそれぞれの趣を同列に論じて「怖くないから面白くない」と主張するのはやはり浅慮であると思う。

仮名遣いの変換やいくらかの補綴があるようだが、文章全体の印象は江戸期の怪談本とは一線を画し、当時の風俗を取り込みながら、登場人物の心理描写を織り交ぜて展開する怪奇性に焦点が当てられていると言える。いわゆる因果応報を強調した説教話の域を脱却し、怪異を合理的に表現しようという理性的な態度で書かれている。特に一般大衆向けに娯楽色の強い書籍から採話しているために、いわゆる文学者の書いた作品よりは俗っぽい印象はあるものの、“近代文学”としての怪談の確立期の貴重な作品群であると思う。とりわけ採話された書籍として富岡直方の『日本怪奇物語』が取り上げられているのは、非常に慧眼であると言える。(富岡氏の著作については、いずれ中公あたりで復刊していただきたいと切に願うものである)

ただとてもいただけないのは『怪談袋草紙』、つまり編著者自身の書き下ろしである。やはり他の掲載作と比べるとあまりにも見劣りする。特に本人の体験談を書いたものは身辺状況についてダラダラと書きすぎており、他作品とのバランスも悪く、また作品そのものについてもとりとめのない内容であり、せっかくの作品群の中にあってはいかがなものかと感じる。いくら文章スタイルを似せていっても、やはりその息遣いまでを真似ることは難しいだろう。そして同時に、あまり取り上げる機会の少ない時代の作品であるが故に、出来る限りその時代のものばかりを集めてきわめて原文に近い状態(現代仮名遣いへの変更のみでとどめる)で読みたかったというのが、正直なところである。好事家としては非常に気の利いたチョイスであるが、ややこねくり回しすぎたように思う。