『闇の検証 第七巻』

闇の検証 7 (ソノラマMOOK)

闇の検証 7 (ソノラマMOOK)

今年の秋で版元である朝日ソノラマが消滅するために、このシリーズもどういう運命となるのか分からない状況にある。もしかするとこれで打ち切りということにもなりかねない訳で、一人のファンとしてはかなり憂慮すべき事態となっている。とりあえずこれが杞憂で終わることを祈りつつ、つらつらと書いていきたい。

今回の白眉は何と言っても箸墓古墳大神神社に尽きるだろう。寺尾玲子氏による霊視によって表現されるイメージは、まさしく卑弥呼邪馬台国の謎の核心に迫る勢いがある。また崇神天皇の存在がそこに微妙なリアリティをもたらしており、これが正しければゴチャゴチャした論争は終止符を打つのではないかと思わせるほど劇的な展開である。ただし霊視の流れをよく読んでいくと、かなりせっかちに結論を急いでいる、すなわち誘導尋問のようにいつの間にかモモソヒメ=卑弥呼という仮定を成立させた上で話を進めている。アカデミックな世界でも通用する有力仮説ではあるものの、やや強引すぎるように感じざるを得ない。むしろ驚異的とも言える近似性が見られるからこそ、却って慎重に論を進めた方が説得力があったようにも思える。それでもこの<サイキック史観>は今までのシリーズの中でも最も読み応えがあり、また驚愕の憶測の提示は眩暈がするほどリスキーである(これが事実であれば、あるいは神道体系そのものがひっくり返ってしまうほどのとんでもない仮説である)。

個人的に納得してしまったのは早良親王平安京と連続する2章である。納得の理由は、井上皇后和気清麻呂のそれぞれの位置付けである。いわゆる“八所御霊”の筆頭は早良親王崇道天皇)とされているが、桓武天皇が“平城京からの遷都”を考えたときは早良親王は存命であり、その当時は井上皇后他戸親王の祟りをおそれていたことは明らかである。御霊の性格から考えても井上皇后の存在をもっとクローズアップすべきと思っていた矢先に、寺尾玲子氏の霊視である。これはしてやったりの感がある。同じく和気清麻呂の存在も平安京の防衛システムを考える上で重要なキーパーソンであるにもかかわらず(彼が現在の将軍塚設置を上奏している。呪術による他の防衛システムに関しても、おそらく関与している可能性が高い)、あまり表に出てこない人物であった。彼についても非常に重要な人物として言及している点は、個人的に気分爽快の感である。

いわゆる歴史ミステリー関連書籍としてはかなり怪しげな考察(「観察」の方が正しいと思うが)で構成されている本であるが、やはりこういうアプローチも面白いということになるだろう。信じるか信じないかは個人の感想に委ねることになるが、決して的を大きく外しているように見えないという印象は確かにあると思う。