『黒本 平成怪談実録』

黒本―平成怪談実録 (新潮文庫)

黒本―平成怪談実録 (新潮文庫)

徹底的で緻密な描写ではなく、むしろ状況説明を核とした雰囲気優先でストーリーが展開されている。それ故に強烈なインパクトは少なく、その部分を怪談の妙味と取るか、昨今の実話怪談の傾向から外れていると取るかで評価は変わってくると思う。

特に福澤怪談の印象を象徴していると思うのは、最初の方のいくつかの作品群であるだろう。詳しい内容は書かないが、『孤独死』での事故の扱いに対する怪異の表現ぶり、『手押し車の老婆』や『N荘』の過剰な盛り上がりを避けるような展開ぶりなど、読者を力ずくで恐怖へ引っ張り込もうという書き方はあまりなされていない。だから意図的などんでん返しや、煽るような筆さばきといったセオリーは殆ど皆無である。淡々とした筆致であるがままの怪異を提示するという印象の方が強い。しかもその表現が必要最小限の描写であることが多いようで、読者自身が想像によって状況やビジュアルを補填しながら読むように仕向けている感も強い。

どぎつい印象が薄い分だけ、怪異本来が持っている“あやしさ”という微妙な雰囲気が書かれている内容から読みとることが出来る。猛烈な恐怖の刺激を受けるために怪談を読もうとする人にとっては、物足りなさというか痒いところに手の届かない感想が強くなるだろう。実際、多くの作品は書き方だけではなく、怪異の内容もありきたりに近い、よく話しに聞くというものが多いことは確かである。しかし、中にはかなり珍しいあやかしの話もあり、結構な怪異マニアでもそれなりに楽しめる構成になっていると思う。

新潮文庫から低価格で出版されたこの本には、怪談初心者へのアプローチを期待したいところである。それだけの力のある内容であると思うし、怪談の面白味を堪能できる作品群であると言えるだろう。最初から劇薬というよりは、じわじわと効いてくる正統派の方がビギナーには適当なのかもしれない。