『あなたの隣の怪談集』

あなたの隣の怪談集 (ワニ文庫)

あなたの隣の怪談集 (ワニ文庫)

相変わらずベタなタイトルで損をしているような気もする、さたなきあ氏の最新作である。今回は表紙に蝶をあしらっており、某シリーズもそれなりに意識している様子である。もうこの本でワニ文庫からの上梓が11冊目になるようで、年1冊のペースで息の長い活動をしているわけである。

毎年買って読んでいるのであるが、今作を読んではじめて何か作風の変化というものを感じた。以前から指摘しているように、さたなきあ氏の作風は“朦朧体”と呼ばれるホラー小説の常套手段を、実話怪談の分野に取り入れたものという認識であった。怪異の根元を最後まで隠し続け、その周辺からジワジワと本体をシルエットのように浮き上がらせていくという手法である。それ故に、他の作家であればわずか数ページで終わりそうな内容であっても、それを数倍の長さで書き上げていく。そして読者の恐怖感を締め上げていくのである。他の怪談作家にはない独特の書き方であり、異色ではあるが水準以上の評価はできるというのが、個人的な見解である。

本作には全部で18話が入っているが、それらの全てが“朦朧体”で書かれているわけではない。中にはダイレクトに怪異の本質を書いた掌編もあり(これは最初期の作風に近いと思う)、また朦朧どころか最後まで怪異の輪郭すら掴ませないような“雰囲気のみ”の作品もあり、バリエーションが増えたように感じた。以前よりも筆が立つという印象である。

ところが、実話怪談レベルでの致命的問題が発生している。しかも最悪のパターンである“体験者のみが遭遇した怪異を、体験者自身が証言不可能だったにも拘わらず、事実として書き出されている”ストーリーが少なくとも2話存在している。

今まで“実話”であることを強調して怪談を書いている作者の場合、原則的に断り書きがなければ常に“実話”怪談を書いていると見なすべきという意見である(逆に言えば、創作畑の作家の場合は、“実話”宣言がない限り、書かれた怪談は創作であると見るべきである)。さたなきあ氏の場合は“本当にあった”という表記でスタートしているので、実話怪談作家の部類に入っていた。ところが、この致命的な問題を発見してしまった以上、氏に対する信憑性は殆ど失墜したと言えるだろう。特に作風が小説的であるが故に、疑念は強い。またたとえこの2作以外が純粋な怪異証言を元に構成された“実話怪談”であったとしても、もはや疑念を消すに足る説得力を氏自身が持つことはない。“実話怪談”と“創作怪談”の判別は非常にデリケートな問題である。読者からすれば、それを判別するための決定的方法を持たないが故に、その信憑性を作者自身に委ねているという紳士協定に則っているのが現状である。そこで作者自身がその判別の垣根を侵すようなことをすれば、その作者の作品全てが疑惑の対象となる。この本の中でさたなきあ氏は、絶対に踏んではいけないルールの禁を自ら破ってしまったと言える。(この本のタイトル及び作者自身の前書きを読む限り、この“怪談集”は実話を元にして書かれた旨の記述は一切ない。だから読者を騙しているという事実はない。しかしながら10年以上実話怪談を提供していたと目されてきた作者としては、とんでもない失態をやらかしてしまったという思いの方が強い。今後、稲川淳二氏のように実話と噂話を巧くミックスして使い分けることが出来るのであれば、まだ救いはあるのかもしれないが…)

個人的には、これから当分の間は、“実話”のとれた“怪談作家”という扱いで生ぬるくウオッチしていくことになると思う。