『幽霊を捕まえようとした科学者たち』

幽霊を捕まえようとした科学者たち

幽霊を捕まえようとした科学者たち

カミングアウトというわけではないが、私は心霊主義者である。人知を越えたものの存在を肯定するし、霊魂が不滅であると信じている。ただし、それが現在の科学で証明できるかと言われれば「否」である。科学は万能ではないし、人間の能力自体が有限であり、その限界を超えた場所に霊魂や神の世界があると信じている。要するに“科学的”に霊や神の存在証明をすることは不可能であり、それを踏まえた上での“心霊主義”である。だから私個人は“哲学的”にのみ霊魂や神の存在を確かめることは出来るという立場を取る。もっと具体的に言えば、我々の物理的常識と霊魂・神の存在は矛盾せずに存立しうる、そういう超越的な存在があっても我々の科学法則が根本的に覆ることはないという意見を持っている。我々が生身の人間としてこの世に存在している事実が絶対であり、科学的な因果関係が優先されることは当然である。それでもなお、死の向こう側にある何かの存在を肯定する余地があるということである。突き詰めれば、不可知論的心霊主義、消極的な完全肯定派というところであろう。

この本で書かれている内容は、まさに心霊主義の勃興期における、崇敬すべき科学者たちの“戦い”を時系列的に表したものである。ただし、心霊研究に没頭する科学者たちは詐欺師のような人物ではない。高名なアメリカの哲学者、ノーベル賞受賞の科学者、イギリスでサーの称号を受けた科学者…まさに物理化学史の教科書のごとき人名がずらりと並ぶ。彼らは科学の領域を開拓せんとばかりに、科学的な心霊研究に邁進する。そして希望と失望の狭間を行き来しながら時を過ごしていくのである。そのような彼らの動きが克明に、そして誠実に描かれている。特にSPR(心霊研究協会)設立に携わった三人の人文学者の想いは、自分が心霊にのめり込む動機とほぼ同じ経路をたどっているが故に、猛烈な感動を覚えた。「神無き世界の魂の救済」という課題を再想起させてくれたわけである。

しかし思うに、1848年にハイズヴィル事件(世界最初の心霊事件)が起こって以来、現在に至るまでの心霊研究の周囲の認識は全くと言っていいほど変わっていないことが、この本を読んでいても分かる。心霊を食い物にしているインチキ詐欺師(しかも彼らが心霊“業界”を作り、その中心にのさばっている事実も変わりない)、心霊を娯楽として面白可笑しく煽り立てるマスコミ、そして心霊研究を貶めるためだけに異を唱える“科学者”たち。構図は全く変わっていない。むしろその傾向は悪化していると言わざるを得ない。まさに「神無き世界」の認知がこの世を覆い尽くそうとしている。

突発的な事件から起こってきたことは確かであるが、心霊研究の根幹にある思想的な背景が事細かに書かれており、そのあたりの事情を知る上では貴重な考究本である。また心霊研究の勃興期の人物絵巻とも言うべき様々な動き(肯定派・否定派問わず著名な人物が登場するので、それだけもなかなか興味ある内容だ)がドラマティックに描かれているのも乙である。注釈も含めれば400ページを超える大著であるが、退屈することなく一気に読めると思う。どうしても翻訳本であるので流麗な文章はあまり期待できないが、途中で投げ出したくなるような韜晦ぶりはないだろう。【科学史外伝】という読み方も出来るので、心霊否定派の方も是非、というところである。ただしそれぞれの科学者の詳細な思想(特に主人公であるウイリアム・ジェイムズあたりのもの)が独立してきちんと書き込まれていない部分が、純粋な研究者にとっては少々不満が残るかもしれないが。