『ミステリー・ボックス』

ミステリー・ボックス―コレが都市伝説の超決定版!

ミステリー・ボックス―コレが都市伝説の超決定版!

今年は“都市伝説”が一気に流行の中心となったが、この手の本の中で一番面白かったのがこの『ミステリー・ボックス』である。

とにかく今年の“都市伝説”は今までのオカルト世界で定義されてきたものとはかなり異なるものであると言える。ちまたで口伝てによって語り継がれていく噂話だけではなく、通常の常識と一線を画す概念を持つ話・物・事柄でありさえすれば全て範疇に収めることが可能なほど間口の広い内容になっている。だから、本来であれば“伝説”という言葉の意味を全く含んでいるはずのない心霊映像やUMA情報などまでが十把一絡げにして紹介されることもあり、というある種混乱状態にある。今までの“都市伝説”が民俗学の対象であり、口承の発生やその変遷を考究するものであるのに対して、今年のそれは一般常識から逸脱・超越した内容を網羅する博物学的趣向が強調されているように感じる。

だが、新旧の概念は全く異なるものであるかと言えば、そうではない。“猥雑さ”や“胡散臭さ”という非正規なものを対象としていることには変わりない。言うならば、公の場以外で口碑として語り継がれてきた噂話を旧来の概念とすれば、やはり新規の概念も公の場で語ることを憚られる内容(ただしそれは口碑だけではなく事物にまで拡大言及される)である。特に今年現れた“都市伝説”はそのカオスぶりは顕著である。旧来の“都市伝説”が民俗学という学問の対象として出来る限りにカテゴライズされることを目的としていただけに、徹底的に怪しいものを羅列させる方向性は無秩序に映るし、猥雑という言葉が最も表現に適しているだろう。まさにオカルト概念の市場拡散と言うべき現象と捉えることが出来ると思う。

ということで、この山口敏太郎氏の本は今年出された“都市伝説”本の中で最もラディカルにその本質をひけらかしていると言える。山口氏は「新しい“都市伝説”概念に便乗する」と特に宣言して複数の関連本を上梓しているが、中でもこの本が良い意味での“猥雑感”を持っているだろう。ある意味びっくり箱的な感覚で読めばいいと思うし、「この話は知ってるぞ」とニヤニヤしながら読むのにも良いと思う。山口氏言うところの“エンターテイメント”としてはまずまずの成功ではないだろうか。(成功であると判断した理由には、価格の面がある。安価であることがエンターテイメントにとっては非常に有効打であると思う)

だが勘違いをしてはいけないのは、この手の情報中心の本が誰にでも作れるものであるという誤解である。勿論インターネットを駆使して丹念に調査すれば、この本に書かれた内容の殆どは無料で手に入れることが出来ることは確かである。ただ問題は“丹念に調査”するためにかかる労力であり、オカルト系に対する造詣の深さである。これらの問題を考えれば、誰でも出来るレベルの本であるか否かは明白である。個人的な意見を言えば、こういう情報羅列(もっと悪く言えば“闇鍋”)が出来る人材は思いの外少数であろう。猥雑で安直に作れると素人目に見える内容ではあるものの、この博物学的趣向は一種のエンサイクロペディアに通じる部分を多く持つということである。そういう点では、もう少し評価すべきところであるかもしれない。

気になるところは、相変わらず“自己主張”が激しいという点。「エンターテイメントなんだから、そんなに気張らんでも…」というのが個人的感想。またこの種の本にありがちなマンガの掲載をどう受け止めるか。読みやすさの追求と見るか、あるいは単なるページの埋め草と取るかで印象は変わってくると思う。理路整然としたカテゴライズと文章技術の向上を指向する個人としては、あまり歓迎するものではないということである。しかしながらそのあたりに関しては、「エンターテイメントだから、そんなに目くじら立ててイデオロギー闘争しなくても」というレベルかもしれない。「楽しめれば良し」ということにしておこう。