『「伝承」で歩く京都・奈良』

「伝承」で歩く京都・奈良―古都の歴史を訪ねて

「伝承」で歩く京都・奈良―古都の歴史を訪ねて

京都・奈良は“古都”と呼ばれる存在である。古都であるためには、それだけの歴史を持ち、そしてその歴史の中で培われてきた“伝説・伝承”が多数あることが絶対条件であると思う。たとえ歴史が長くともそこに伝わるものが人口に膾炙される機会が少なければ、結局は“古都”足り得ないはずである。“古き都”とは時間的な要素だけではなく、我々現在に生きる者が時空を越えて想起出来る事跡の記録が重ねられていることを認識させるものを備えて初めて成立しうるものではないだろうか。もっと平たく言えば、人々の好奇心をくすぐるような妖しい物件が至る所にあってこそ、古都らしいと言えるのである。

この本には瞠目すべきコンセプトというものはない。しかし、今までの京都・奈良の観光ガイド本や伝承紹介本の間隙を縫った、なかなか面白い内容に仕上がっていると言える。観光関連から言えば、超有名観光寺社であっても伝承がなければバッサリと切り落としており、伝承案内から言えば、実際に訪れることのできる地所をかなり細密に掲載している。まさに京都・奈良のあやしい伝承地を効率よく行きたいという人にとっては「こういうのが欲しかった」と言うべき内容の本である。

紹介されている伝承は、歴史順に記紀から江戸初期頃まで、大体の有名どころが揃っている。文献に忠実に、しかしながら分かりやすいように筆者が噛んで含んで書いているので、中高生でも読める内容になっている(この本の表紙には“修学旅行”という文字が躍っており、若年層を意識した部分が随所に見受けられる)。それなりにしっかりとした読み物としても通用出来るレベルである。

また地図については略地図ながらも、実際に行くことを目的に作られているものであると確信できる図である。京都の一般的な地図と併用すれば、まず間違いなく迷うことなく目的地にたどり着けるだけの内容になっている。また本文中に交通アクセスの具体的な記述がなされているので、一般のガイドブックにも引けを取らないという印象である。

惜しむらくは価格。修学旅行生も意識して書かれているには2800円+税の価格は厳しい。学校図書室で購入してもらって読むという手段が一番なのかもしれない。また地図についてもエリア単位の地図は見事であるが、各エリアの繋がりがわかりにくい体裁になっている。それでも類書があまりない分だけ、貴重な存在であることは確かである。