『虚空に向かって猫が啼く』
- 作者: 西浦和也
- 出版社/メーカー: 竹書房
- 発売日: 2007/12/25
- メディア: 文庫
- クリック: 145回
- この商品を含むブログ (4件) を見る
読み始めは、非常に食い足りないものを感じる話が多かった。特に第1章は、実話とはいえども類似パターンが多く、面白味に欠ける内容ばかりと言ってもよかった。マニアであれば、ジャブにもならない程度の牽制パンチのような印象である。ただその中にも、怪異現象が起こった具体的な場所が特定できるというなかなか興味深い話があったりで、それはそれでハッとさせられるところがあった(このあたりが老舗怪談サイトとして、かなりのネタを有している強みと言っていいだろう)。だが、それでもどぎついインパクトを持っているという印象はなく、むしろ“あったる怪異”を報告するという雰囲気の、ゆるい百物語形式の内容ではないかという懸念の方が強かった。また、今まで怪談本にネタ提供をしているが故に既出ネタが多いというデメリットの部分にも、あまり良い印象が持てなかったというのが本音である(私は怪談サイトを殆ど訪れないのでその程度であるが、サイトを熟知している人にとってはもっと既出ネタが多かったようだ)。
しかし後半になってくると、淡々とした文体に艶が出始める。言うならば、落ち着き払いすぎて却って薄気味悪さを感じさせるような雰囲気に包まれ出すのである。圧倒的なネタの強烈さで押すのではなく、ふと気が付くと独りぼっちで置いてきぼりを食らわされたような、徐々に追い込まれていく恐怖感というものが強く感じられる。そしてそれに加えて一気に“旬”の内容に向かうのが、最後の2章である。
この2つの章のメインは、北野誠氏の体験談を上梓した本の作成に西浦氏が携わったことから起こる怪異である。いわば作成秘話であり、このヒット作のサイドストーリーでもある。またこれが単純な内容ではなく、今まで積み重ねてきた内容を遙かに越えるような強烈なネタであるだけに、読み手からすれば緊迫感を強いられる部分にもなっている。この2つの章によって他の怪談本と違う個性が出てきたように感じるし、やはり出るべくして出された本だという印象が強い。これが“旬”が持つ強みと言うことなのだろう。
全体的な印象としては『新耳袋』の影響がかなり強い作品であると思う。ただ文体自体は“語り”を意識したものではなく、淡々とした乾いた文体という印象である。どちらかと言えば、この一作で評価が定まるというのではなく、次回の単独作品が上梓されて初めてポジションが決まるように感じる。悪く言えば、作家としての明瞭なスタンスがなく、溜まった怪異のネタを吐き出しただけというところだろう。良く言えば、これからどのように化けるかわからない、面白い人材であるということになる。いずれにせよ、次回作が楽しみな書き手であることには間違いない。