『恐怖箱 怪医』
- 作者: 雨宮淳司,加藤一
- 出版社/メーカー: 竹書房
- 発売日: 2008/02/27
- メディア: 文庫
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タイトル通り、一冊丸ごと医療が絡む内容であり、多くは病院を舞台にしている正統派の“病院怪談”である。だが、お決まりの紋切り型の話は皆無である。むしろ我々が普通にイメージしている“病院”を超えた部分で繰り広げられる職員の日常によって、強烈なリアルさが作り出されていると言っていいと思う。特に精神科にまつわる話は、そのシチュエーションからして読む者を独自の世界に引きずり込み、凄まじい怪異を見せつけることに成功している。また冒頭の作品で見せつけたインパクトが、精神疾患を持つ体験者に対する偏見を見事に払拭していると思う。
【超−1】の講評でも書いたが、精神疾患や認知症といった認識機能に問題があるのではないかという体験者を扱う作品は、まさに諸刃の剣である。異常であれば異常であるほど、その怪異体験が疾患によるものではないかという疑念が湧いてくる。この本では、その危険性を徹底したリアリズムで打ち消している。濃密な文章によって描かれる体験者達のプロフィールや日常が、怪異を単なる妄想や偶然とは思わせないほどしっかりと裏打ちしているが故にもたらされる効果であるだろう。まさに怪異の内容と文章スタイルが絶妙に絡み合ったところから生まれる味わいである。
作者である雨宮氏の文章は非常に濃密である。だが意外なのは、読後感があまりヘヴィーにならないところである。最終作などは書きようによってはもっと暗澹たる雰囲気を引きずってもおかしくないのであるが、なぜかあっさりとした印象の方が残った。例えるならば“ゲル状の軟膏”。ネットリとしてるが、擦り込まれているうちにスベスベとしてきて、最後にはすっきりとした肌触りに変化している。しかもきっちりと効果は染みこんでいるという感じである。その効果が一番出ていると思うのが“炭坑”にまつわる2作品。時代背景から人物描写までがしっかりと書き込まれているからこそ、怪異そのものだけ取り出せば弱いと感じる内容を、ウエットな印象を残しながら美しいノスタルジーでコーティングしたと言っていいだろう。この文章スタイルでないと味わえないと言ってもおかしくない。
難点があるとすれば、この種の濃密に書き込まれた作品特有の“クライマックスでのインパクトの弱さ”、即ちテンポの良さで読者の度肝を抜くような書き方が難しいという問題が解消できなかったことだろう(これは実話怪談系列全体の一つの課題であるが)。長編ではなかなか難しいかもしれないが、掌編でインパクト勝負の鮮やかな切り返しを持つ作品がどこかに配置されていたら、また違った印象になっていたかもしれない。