『不思議幕の内弁当』

不思議幕の内弁当―怪談亭特製・恐い話51品

不思議幕の内弁当―怪談亭特製・恐い話51品

文芸社から出された本ということで、おそらく自費出版本であると推察する。いわゆる怪談本を意識して書かれたものであると思うが、それなりに客観性をもって書かれており、自費出版の悪しき罠に陥った内容(非常に独善的で且つ自己アピールが強すぎる作品)になっていない点は評価できる。作者本人の体験だけではなく知人や親戚などの取材もおこなっており、特に怪異の内容については結構バリエーションがあって興味深いという印象である。突出した強烈な怪異はあまりないが、本人と知人の体験だけでこれだけの幅広い怪異(心霊系は勿論、妖怪やUFOまで登場する!)を集めることが出来たというのは、なかなかの手練れの印象である。

しかしながら、文章そのものはネット投稿のレベルであり、起こった怪異についての説明では不足を感じないものの、“読み物”としての観点から見ると、商業誌との差は歴然である。印象としては“丁寧なあらすじ”を読んでいるという気分であった。怪異そのものについては時系列を追いながらしっかりと過不足なく書いているのであるが、描写部分での膨らみというものを感じることはなかった。いわばきれいな“骨格標本”である。10年ほど前の状況であればこれで十分通用するだけの内容であると感じるのであるが、昨今の「怪談事情」を鑑みると、読ませる要素を持たないというのはかなり不利なものと言わざるを得ない。中には怪異として非常に希少性の高いものもあり、書き方次第ではマニアをも唸らせるだけのものがあっただけに、何となく惜しいという気がする。

価格を考慮するとどうしても万人向けとは言えないだろう(自費出版である以上、どうしても価格設定は高めである)。だが“怪談ジャンキー”であれば一度目を通してみるのも良いかもしれない。やはり同じ穴のムジナとしては、こういう本を上梓した作者へのリスペクトを忘れるわけにはいかないだろう。