『赤いヤッケの男』

赤いヤッケの男 山の霊異記 (幽BOOKS)

赤いヤッケの男 山の霊異記 (幽BOOKS)

山にまつわる怪談であり、どちらかというと、既視感のある怪談がずらりと並んでいる。どうしても“山の怪談”となると、登山者の幽霊が話の中心となり、またその死のほとんどが遭難事故によるものということになるので、ディテールに至るまでかなり類似した内容になってしまうことは避けられないだろう。しかしそのような中でも希少性の高い内容を持つ作品もあり、それなりに面白い作品集になっていると思う。
ただ後半部分の作品には、印象として体験者の幻覚ではないかと思わせるものや、あまりに物理的物証が明確すぎて鵜呑みにするには抵抗があるというものもあるのは確かである。しかしこのあたりの真偽のほどについては、探るだけ野暮というものである。ただ具体的な地名やイニシャル表記の山々を地図上で確認すると、おぼろげではあるがかなりエリアが限定されてくるし、また該当すると思しき場所も現れる。裏を返せば、作者が“実話”として聞き取ったという自信がそこにあると感じるところである。それ故に、余程のことがない限り、事実であると判断したい。
作品に対する第一印象は「端正な筆致」である。つまり平明な文章であり、且つリズミックな響きを持ち合わせている。独白体(体験者自身が語り聞かせるタイプの書き方)もいいが、しっかりとした描写と説明で成り立っている作品の方が特に個人的には気に入った。この地の文で構成された文体は、まさに「声に出して読みたい」文章であると言えるだろう。そしてここに、作品から漂う端正な作りを味わうことが出来るだろう。凝った美文でもなく、また訥弁の文体でもない。自然体で背伸びをしない、清冽な文章と言うべきかもしれない。それがまた山の持つイメージに非常にしっくりと来ており、“山の怪談”らしい(私自身は山登りどころか森林浴すらやらないのだが)という感触を持ってしまった。
怪談話としては、前半部分に良作がかたまっている。特に最初の作品はインパクトも強烈であり、なおかつ作者の端正な書きぶりが一番色濃く出ていると感じる。体験者があやかしの核心について語り出す部分からは、是非朗読していただきたいと思う。まさに“文芸”好みの文体といったところだろう。