『九十九怪談 第一夜』

九十九怪談 第一夜

九十九怪談 第一夜

この夏も様々な怪談本が上梓されたが、個人的には一等と称賛したいのがこの作品である。本当はもっと強烈な怪異を提供してくれた本もあるし、怪談を恐怖のものさしだけで測れば、この作品はあまり芳しい結果を得ることはないと思う。しかし、帰ってきたのである。まさしく『新・耳袋』の続編がである。しかも最初期の頃に近い色合いを出しながらである。これに勝る嬉しさは、そうそうないものである。
全体の内容としては、不思議系に属する怪異の連発であり、読者の肝を冷やすような強烈な内容はあまり見受けられなかった。また章立てがない分、分割されたきつい大ネタがなく(2〜6話程度の連作がいくつかあるが)、キビキビとした展開で小ネタが続いている。しかしながら『隣之怪』のような新しい試みではなく、完全に『新・耳袋』の文体に徹したスタイルはやはり昔からの怪談マニアにとっては感動物であり、ネタのレベルと併せてかつての傑作を相当意識して作られていると言えるだろう(お約束の“ノーカウントの一作”、そしてカバーを取ると…のおまけも健在だ)。ある意味、完全復刻と言い切ってもおかしくないと思う。
作者である木原氏が今年単独で上梓した作品を見ると、いわゆる“ウエット系”や“癒し系”の内容に際立ってウエイトを置いていると言える。この『九十九怪談』もそういう仕掛けでグイグイと引っ張っていくわけであるが、しばらくはそういう傾向を維持しながら展開していくのではないかと予測している(氏がプロデュースした『初音怪談』も含めると、その傾向がますます強いと言えるだろう)。
『新・耳袋』の大ネタの双璧と言えば“山の牧場”と“幽霊マンション”となるわけだが、どちらももう一人の作者である中山市朗氏由来のネタであるとされている。おそらくこのあたりの“事情”が、今回上梓された継承作に影響を与えるいるのではないかとも考えてみたりもする。ただ個人的には、そういう読者に有無を言わさない怒濤の大ネタもいいが、語りを意識した怪談の妙味は掌編にあるという意見であり、その点では今作には非常に満足している。むしろ原点回帰と推察してもいいかもしれない。
特に「怪談=恐怖」という固定観念にとらわれて読めない人に是非おすすめである。ノーカウント作品からラストまでは、まさに“心に染み入る”怪談を体現した良作が揃っている。今後の展開次第では最上級のシリーズの一つとなるだけの印象がある。これからもちょっと目が離せないところである。