『日本妖怪散歩』

日本妖怪散歩 (角川文庫)

日本妖怪散歩 (角川文庫)

村上健司氏による、妖怪伝承地探訪のガイドブックである。村上氏には『妖怪ウオーカー』という、妖怪伝承地探訪を趣味とする人間にとってある意味バイブルとも言える名著があるのだが、それをさらにパワーアップさせたのがこの本である。パワーアップというだけの価値もあるし、それだけ著者の力の入れ方も半端なものではない。
このガイドブックの一番のポイントは、何と言っても村上氏自身が“足で稼いだ”物件をきちんと提示し、初心者でも迷うことなく探訪できるプランを大量に掲載しているところである。もちろんガイド通り順番に足を運ぶだけで十分妖怪伝承地の勘所を押さえることが可能であるし、また中級者のレベルともなればこのプランを元にさらにマイナーな伝承地を加えてボリュームアップも出来るし、地図とにらめっこして別のエリアで新たなプランを真似て作ることもできるだろう。非常に優れたガイドブックとは、単にそのプランニングをなぞるだけのものではなく、それを手にした者の創造力を掻き立て、新たな展開を生み出すきっかけを作ってくれるだけの力を持つ存在である。この本はまさにそれだけの魅力を持った内容であると言ってもいいだろう。
この本は良くも悪くも“未完成”の部分を多く持っている。村上氏があとがきで書いているように、とにかく400ページぐらいの分量で妖怪伝承地を網羅することは不可能なのである(参考文献に挙げておられる『日本の伝説』50巻ですら全てを伝えているわけでないのだから、推して知るべしである)。さらに最初の北海道・東北エリアでは削りに削った説明文であったのが、筆がすすむにつれて興に乗って説明内容が細かく充実してくるために、伝承地紹介の数が制限されてしまっている。それ故に、かなり有名な伝承地でも漏れているケースが見受けられる。ただこれは村上氏の責任というよりも、物理的な制約がある以上無理からぬことなのであるが、逆から言えば、この本に登場しなかった伝承地を“発見する”喜びというものが残されているわけである。おそらくこの本をむさぼり読むような人種は、紹介しきれなかった伝承地を探す喜びの方が大きいと想像できるのだが。
とにかく知的好奇心をくすぐるという点では、なかなかの出来映えの作品である。