『初音怪談』

初音怪談  私と小さなおじさんのこと

初音怪談 私と小さなおじさんのこと

有名人、特に芸能人が自身の体験した怪異について語るということには非常に大きな意味がある。名前の知れた人物が怪異を語るという行為がその怪異体験そのものに信憑性を与えてくれるためである。ほとんどが匿名状態で語られる怪異体験の中で、さほど強烈な内容でないにせよ、実在する体験者として多くの人が共有認識出来る存在という意味では、インパクトが非常に大きいものであると感じる。しかしそのインパクトは裏を返せば、異常な体質であることをカミングアウトしてしまう危険な状態を孕んでいるとも言える。ダイレクトに言えば、タブーを犯しての発言ということになるだろう。このリスクの高さは、今までの芸能関係者で怪異体験を語ることをメインにしてきた人間がいわゆる“芸人”に多いという事実、あるいは心霊関係に言及するのは名声を確立した“ベテラン芸能人”に多いという事実にも繋がっていると言えるだろう。
この本は、上に書いた芸能人関係の怪異体験のカミングアウトパターンを知っていればいるほど、大きな意味を持つ内容になっている。いわゆる“アイドル”がガチで怪異体験だけを書き綴って1冊の本にするというのは前例がないものであるし(企画物でそのような能力を披露したアイドルはそこそこいるが、ここまでまとまった内容は絶無である)、そこに書かれた内容(本人以外にも母親の体験も含まれているが)はかなり強烈なものが揃っている。おそらく一昔前のアイドルであれば、あまりにもとんでもない体験談であるが故に完全封印されてしまう可能性があったと思われるような内容なのである。
特筆すべきはやはり“小さなおじさん”にまつわる不思議譚である。この数年ですっかり認知度が上がった存在であるが、ここまでまとまった形で怪異が続くというのも非常に珍しいし、現段階では“決定版”と言ってもおかしくないほどの出来であると思う。この話だけでも十分読む価値はあるだろう。そのほかにも非常に興味深い怪異体験が多く、意地悪な見方をすると、あまりにもぶっ飛びすぎていて大丈夫かと心配したくなるレベルでもある。
しかし、これら想像を絶する体験内容に一定の信憑性を与えているのは、単に“芸能人”という肩書きだけではなく、書かれている文章内容によるところも大きいと感じている。他の怪談本と比較して感じるのは、「松島初音」という女の子が実際の生活の中で体験したあやかしというのが色濃く出ているという点である。特に実話怪談の場合、体験者のプロフィールは怪異そのものの説明のために必要な部分を除いて、ほとんどが抹消されてしまう。要は怪異の報告に終始することになる。しかしこの本では、体験者の活動が怪異と共に書かれており、その部分に活き活きとした自然な印象を持った。いわゆる“見たり感じたりする”女の子の等身大の日常も描かれているのである。10代女性のこのような体験談は、後に霊能者として活躍するような人物以外にはおそらく初めてのものになると思う。それだけに希少であり且つ強烈なインパクトがあったのだとも言えるだろう。予想以上の収穫と言っていいと思う。