『怪談文芸ハンドブック』
- 作者: 東雅夫
- 出版社/メーカー: メディアファクトリー
- 発売日: 2009/03/25
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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冒頭に置かれた『七つのQ&A』であるが、表題の軽さに反して、実に多くの示唆に富む内容となっている。怪談に手を染めた者(読み手も書き手も全てを含む)であれば間違いなく思いを巡らせた経験があるだろう問題点をピックアップし、“怪談文芸”からのアプローチでそれらの一つ一つに対して懇切な意見・解釈を施している。この七つの問いかけについてそれぞれがそれぞれの意見を明確に持つことが必要であると思うし、特に怪談を書くことを志す者にとってはしっかりと書き手としての自分自身を見つめる良いメソッドではないかと感じるところである。(私自身も読み手としてこの七つのQ&Aについては語りたいと切に思う)
“怪談史”については、先達の遺産を読むためのガイドブックとして適切であると思うし、セレクトされた作家と作品も文句を付けるところがないクオリティーを持つものばかりである(以前国書刊行会から出ていたガイドブックとはかぶる内容ではあるが)。ただこの部分でも、紹介方法の点で“書く”行為を前提として読む人間がいることをかなり意識しているという印象が強い。海外文学の紹介では、単なる翻訳を超え出た平井呈一氏の名文をふんだんに取り入れ、意識的にポイントとなるべき部分(いわゆる描写によるアトモスの作り方が秀逸な部分)の文章紹介を積極的におこなっている。また日本文学のところでは、同じ素材を用いて書き手がどのような表現を駆使しているかを明確に示している。『幽霊滝』において小泉八雲が作り出した緊迫感の正体を原典から探り出す部分、そして柳田國男・水野葉舟・田中貢太郎の文章比較で視点の相違による作品のアトモスの違いをしっかりと見せる部分は、この本の白眉と言ってもいいと思う(さらに付け足せば、葉舟に対する東氏のコメントには思わず涙した)。
作家が書く小説作法とはおもむきは異なるが、怪談に精通した人間が著した内容としては懇切極まりないというのが正直な感想である。ここに書かれてあることを実践できればサルでも書けるとは思わないが、王道怪談を目指す者にとっては何らかの指針となる内容が多分に含まれていることは間違いないところである。大いに参考にすべしという思いである。また怪談を読むという行為に対しても、非常にオーソドックスなところ、要するに“怪談”と呼ばれる作品を細大漏らさずに押さえた内容であると言える(私自身、名前の挙がった作品の9割以上は過去に目を通していたので内心ホッとしているところだ)。純粋な概説書としては疑問を呈する部分(例えば、この数年で登場した、まだ歴史的評価の定まらない新進の作家、しかも縁故ある者ばかりの名前を挙げている点など)もあるが、有意の本であることには違いないところである。