【0】耳たぶ

体験者自身に物理的な危害が加えられるという怪異の場合、やはり効果的な書き方は、その体験者自身の痛みや恐怖の感情をむき出しにすることであると思う。
この作品の場合、耳たぶが傷つけられて大量出血、そして最終的に千切り取られるという、相当な痛みを伴うのではないかと想像する内容の怪異である。
ところが、体験者の感情的な言葉がほとんどないために、何となく中途半端な印象ばかりが残ってしまった。
大量出血していても痛みを感じないという怪異もあるので、もしかすると体験者も驚きながらも痛みが全くないという状況だったのかもしれないが、それならばそれで明確に“痛みがない”という事実を書いておくべきであっただろう。
書かれていなければ、読み手のほとんどは“感情に乏しくて共感できない”という感想を持つと思うし、それが怪異のどぎつさを薄めてインパクトの低い印象に変えていくことになる。
そして最後の部分、耳たぶがなくなっていたという事実で締め括っているが、これも体験者の感情がはっきりしていないために、何となく居心地の悪い終わり方になっているように感じる。
小説などではこういう突き放した幕切れにすることで余韻を作ることはよくあるが、実話の世界ではやはりこの後の顛末の方が気になる。
特に耳たぶというかなり目立つ部分が欠けるというのは、仮に痛みが伴わない状態であったとしても、想像できないほどのショックがあるはずである。
その部分がちょん切れてしまっているので、作品全体における感情語の乏しさと相まって、非常に無味乾燥な雰囲気に終始していると感じるのである。
言うならば、非常に衝撃的な内容であるにもかかわらず、それがダイレクトに読み手にまで響いてこないのである。
“あったること”の記録としてはこういう表現方法も有りかとは思うが、ただ読ませる作品ということでは、物足りなさを覚えるレベルであった。
書き方次第ではプラス評価になっていたレベルの怪異であるが、どうしてもえぐみが減った分だけ評点を落とさざるを得ないところである。