『怪談実話コンテスト傑作選 黒四』

怪談実話コンテスト傑作選 (MF文庫ダ・ヴィンチ)

怪談実話コンテスト傑作選 (MF文庫ダ・ヴィンチ)

このブログでは1冊の本としてまとめられたものを評する場合は、そこに掲載された1つの作品だけを取り上げることをしないという暗黙の了解がある。掲載作の全て(時にはその配列をも含む)を通して醸し出される雰囲気というものが、1冊の本としての価値であり、それを抜きにして語るのはアンフェアではないかという気持ちがあるためである。
しかし、今回は諸般の事情により(このあたりは解って下さる方だけが解っていただければよい)、このコンテストの大賞受賞作である「黒四」のみを取り上げてレビューする。しかも完全ネタバレである。よってここから下の部分は、それでもなお読もうという意志のある方のみ、反転させてご覧いただければと思う。


黒部ダム建設にまつわる怪異を著している点では、非常に希少な怪談であるだろう。
このような著名な建造物に関する怪異というものは、それだけでも非常に価値のあるものであると言える。
怪異そのものについては際立った特殊性を感じるものではないが(事故現場に亡くなった作業員が現れるというパターンはいかにも陳腐である)、同一人物の霊を全く別の場面で目撃しながらも、重機繋がりによってその二つの現象にそこはかとない因果律を想起させるように書いている。
押しつけがましくないがしっかりと関連性を持たせることを印象付けており、怪異を有機的に展開させる意図が成功しているとみなせるだろう。
しかしながら、二つ目の怪異に関して言うと、“前日に亀裂を発見していながら今の今まで忘れていた”という記述に引っ掛かりを覚える。
父親から聞いて印象に残っていたために書いたのだと推測するのだが、この部分だけいかにも後付けされたような書きぶりになっており、何となく浮いてしまったという感は否めない。
その他の怪異にまつわるエピソードが奇麗に伏線を持っているにもかかわらず、この部分だけが唐突な提示であるために奇異に見えるのである。
またこの亀裂を前日に父親が発見していたくだりがなくとも、翌朝に岩が崩落したという事実だけで十分不思議な印象を出すことが出来ていると思う。
抑制された文体で淡々と書かれているだけに、この唐突ぶりは何かそぐわないものを感じるところである(グイグイと力で引っ張っていく調子で書かれていれば、逆にこの部分は劇的な印象になっていたかもしれないが)。
ただ全体を支配する静謐な調子は、昭和を代表する建築に従事し、そして散っていった人々の鎮魂歌として読み応えのある作品にふさわしいと思う。

この文章は、実は文庫が刊行される以前、『幽』誌上で掲載された時の評である。概して良作、劇的ではない分だけインパクトは弱めだが、抑制され整えられた(しかしながら平板な表現や展開ではないので奥行きは深い)雰囲気は評価出来るものである。