竹書房文庫いろいろ(短評)

『怪談社 丙の章』

怪談社 丙の章 (竹書房恐怖文庫)

怪談社 丙の章 (竹書房恐怖文庫)

怪談社の書籍ももう3冊目になる。3冊も刊行できれば、物書きとしてもそれなりに評価されていると言っておかしくないだろう。
元からネタのレベルは十分、ただし文章がいかんともし難いという評が多かったが、今作を見る限り、不安要素は相当取り除かれていると見て良いだろう。むしろそういう不平を言わせないだけのスキルを身につけてきており、安定感が増している(特に文章スタイルが劇的に変わったわけではなく、文末表記に非常に神経を使って書き癖が突出しないようにしている変化だけなのだが)。実話怪談でネタ勝負の作品であれば、特に大きな問題点が生じるようなレベルではなかろう。
ただし最後の章(特に最終話)は少々気負い過ぎの感が否めない。非常に希少な怪異譚であり、価値ある内容であると思うのであるが、文章の厚ぼったさが目立つのである。この文章スタイルは、怪談社ライブの一番の見せ所である“掛け合い”を意識した書き方であると推測するが、やはり言葉を耳で捉えるのと目で捉えるのとでは違いがある。文字になってしまうと、どうしても諄いというか、まどろっこしさの方が先に出てしまうように感じた(関西弁が文字化された部分も、個人的には、字面の点でもっちゃりするという印象がある)。むしろサラリと流すように書いた方が、活きたような気がする。
全体的には、水準を上回るネタが揃っているので、非常に面白く読ませていただいた。例の、章の合間の寸話も定着してきた感じ(これは怪談社のキャラクターに直に触れた人間であればあるほど興味深いのであるが)で、充実してきているという印象である。次回作も楽しみということで。


『「極」怖い話 遺託』

「極」怖い話 遺託 (竹書房恐怖文庫)

「極」怖い話 遺託 (竹書房恐怖文庫)

「なぜそこに霊が出るのか」という問いに対する究極的な解答は、「想いが残っているから」になると思っている。そういう観点からすると、この本で取り上げられている話の全ては彼らの強烈なメッセージ性を放つものになっている(内容はそれこそ種々雑多と言うべきだが)。
とりわけ優れているのは、最終話である。実話怪談の持つ「記録性」の側面を最も端的に示した内容であり、特にこの話が書かれるに至った経緯については、まさにリアルタイムの再現と言って間違いないだろう。物語的な表記をほとんど排し、徹底的にノンフィクション形式で“あったること”の記録を丁寧に追っているだけに、ある種の潔さを感じる。仮にストーリー重視の文章スタイルで書かれていたならば、あまりにも胡散臭い印象は免れ得なかっただろうし、おそらく“遺託”は叶わなかったものと想像する。「実験的」作品と見る向きもあるかもしれないが、個人的には、怪異の内容を精査すればするほどこの文章スタイルでなければならなかったと感じる。
全体的には、未曾有の大災害の直後であることを意識した構成になっている。むしろこういう時節であるから、封印を解いただろうと思う作品も散見できる。最終作のインパクトが強烈であるが故に見落としがちであるが、他の作品にも結構凄まじさを覚えるものがある。
ただ勿体ないのは、表紙のカバー。本全体の印象をリードするはずのものが、却って足を引っ張っている。メインとなる印象とあまりにもかけ離れており、どう転んでも違和感だけが残ってしまう。というよりも、先に表紙絵を見るわけなので、このインパクトで作品を読み進めていくとどうしても恐怖優先路線になってしまい、作品にとって不利な状況を生みだしてしまっている感がある。普通はあまりカバー絵にまで言及しないのだが、今回だけはマイナスに大きく働いているのが明確なので、敢えて苦言ということである。