【0】ぱさりぱさり

作者の筆力によってグイグイと引っ張られるように読むことができた。
特に鏡によってあやかしの正体を一人ずつ知ってしまう場面は、良い意味でのじれったさを感じた。
書き方のツボを押さえた筆法と言ってもいいだろう。
だが、評を書くために再読すると、かなり問題のある部分が浮き彫りになってきた。
まず、あやかしの正体が大家の娘であるかが明瞭でない。
あやかしについては“女”とあるが、“大家の娘”とは書かれていない。
最後の1行で大家自身がこの怪異を知っているように示唆しているから、あやかしの正体が誰であるかは重要なポイントになりうるはずである。
さらに気になるのは、髪の毛が扉にこすれる音がはっきりと聞こえているにもかかわらず、あやかしが発する低い唸り声については正体が分かるまで全く触れていない点である。
いくら“引き算の怪談”と言えども、ほぼ同じ大きさの音の一方だけが聞こえるように書くのは不自然である。
そして怪異の肝とも言える「扉の隙間から片目が覗く」場面であるが、扉の下の部分に数センチ単位の隙間があるというのは正直違和感がある。
このように怪異に直結する部分で御都合主義的なディテールがいくつもあると、やはり読者としては身構えざるを得ない。
圧倒的な筆の勢いは買うが、不自然だと思う部分で出てきた以上は、高い評価を与えることは出来ない。