【−1】音無

不思議な話であるが、突如として日常の世界が異界とすり替わってしまったという話は類例が多い。
この話も犬という特別な存在があるが、よくあるパターンであると言ってもいいだろう。
こういう異界ネタの場合、やはり描写力が一番ものを言う。
この作品では、体験者や犬の行動描写はよく書かれていると思うのであるが、風景の描写というものがほとんど書かれていない。
つまり、異界に入り込んでしまった体験者の恐怖感は追体験できるのであるが、怪異そのものである異界についての情報は全くと言っていいほどない。
作者としては日常の散歩道での出来事であるから特段書く必要性を感じなかったのかもしれないが、読者からすればどのような光景が広がっていたのかを知りたいのである。
異界ネタでありながら、犬の様子ばかり書かれしまったという印象だけが残ってしまった。
言うならば、怪異の本質を外した構成になってしまっている。
無音状態は怪異であるが、それは異界という別世界に入り込んでしまったために起きた付随的怪異であり、本質であるべき異界ぶり(場景)に触れる必要性があったと思う。
やはり“キリコ”だけでは描写不足であろう。