【+5】磯に棲むもの

有無も言わさぬ圧倒的な文章で、迫り来る怪異を描写し尽くした感のある作品である。
ここまでしっかりと書かれると話の信憑性を嫌でも感じてしまうし、また“あったること”の凄味が全編にわたって出ていると言えるだろう。
怪異の流れ自体は海の怪談としてさほど珍しいものではなく、急に高波に襲われて一緒に釣りをしていた者がさらわれてしまったという不幸な事故にまつわる内容である(“釣りをしていた”が“泳いでいた”に代われば、さらによくある話になるだろう)。
やはりインパクトのあるのは、登場するあやかしが巨大な腕というところであるだろう。
これは非常に特異な怪異であり、“無数の腕が水面から”というパターンとも違うために、そこで一瞬息を呑むほどの印象が残った。
しかも“虫さされの跡”とおぼしきディテールが何とも言えないアクセントとなっている。
そのあやかしの目撃が実に迫真の場面となっているところが、この作品の最大の“売り”であるだろう。
確実な腕の描写と共に、体験者の心理までが描写によって表現されているのには、作者の技量の高さがうかがえる。
(恐怖に類する言葉を用いなくとも、個人が恐慌状態に陥っている様を描けるところは並のセンスではない)
強烈な怪異とそれを十分に書ききる技量が合わさった、まさに大ネタの作品である。
作品の完成度を考えると、ほぼ完璧に近いものがあるだろう。