結果発表を受けて

本日、松村進吉氏単著デビューと同時に【超−1】の結果が公開された。
選択肢の一つとして予想していたものであったので驚きはなかったが、やはりそれでも改めて“怪談道”の厳しさに思い至った。
私自身も2位となった藪蔵人氏を推挙したが、最終候補の4名の誰が選ばれても異論はないとコメントしている。
要は私自身も、今回のランカーについては決定打がないという印象の方が強かったわけである。
それ故に、今回の1位を空位とした決定にはいささかの異論もない。
というよりも、それの方が良かったのではないかと思う。
加藤氏の判断を支持したい。


上位に位置するランカーについては、それぞれ凄いと思う部分があるのと同時に、私のような素人でも分かるようなムラや穴があった。
結局のところ、商業誌から単著デビューするためにはまだまだ克服しなければならないポイントを各人が抱えているというレベルなのだろう。
道は険しく長いという実感である。


特に昨年の上位ランカーのみなさんについては敢えて厳しいことを言わせていただくと、いかに巧く見せるかというスキルの向上の方に力点が置かれていたように見えてならなかった。
「怪異の本質を見極めれば、自ずと書き方が定まる」が私の持論である。
“実話怪談”の書き手は、個性的なスタイルの表現者よりも、まず怪異の伝達者でなければならないと思う。
いかに真摯に怪異と向き合い、その怪異を世に記録するのか。
今年の大会を通して、「自分の講評は、個人のスキルアップのために利用されているだけなのか」という気分に何度もさせられた。
(あれだけの講評を書く最大の動因は最上の怪談を供給する人材の確保によって己の欲求を満たすことであって、決して書き方教室でボランティアをやっているわけではない。当然見返りがあっての講評である)
無論、上質の怪談を作るには、それ相応のスキルが必要である。
だが、そのスキルは怪異の為にあって欲しいと思う。
もし“怪異を世に出すために書く”という行為を絶対視できなくなったならば、その書き手はもはや【超−1】という“実話怪談”を語る場にいることは叶わないのではないかとも思う。
厳しい言葉になったが、それだけのレベルのことが出来るから上位ランカーであるという思いであるので、これからも精進していただきたい。


来年の予定はまだのようであるが(結構難航している気がするが)、私自身は“毒皿”の気持ちである。
もう数名はこの大会からデビューして欲しいというのが本音である。