【−1】使われないコップ

怪異であるための必要条件は揃ったが、十分条件を提示できなかったという典型的な作品。
夜中に突然動き出すピエロの人形は、やはり目撃した者に恐怖感を与えるだけの強烈な存在であることは確かである。
少々位置関係がわかりづらいという問題はあるものの、ピエロの人形が動いたことは事実として確認できる。
だが、この作品ではその動く理由が先輩の話だけで解決してしまっており、それから数年間何の疑問も持たずに終わってしまうことになる。
つまり先輩の言うことを全て鵜呑みにし、十分検証できる状況にありながら、それをおこなわずに放置しているのである。
特にこの人形に一番関係が深いはずの寮母に何も聞かないというのは、やはり話半分という印象になってしまうだろう。
怪異目撃の場合、全く検証不能な不条理な現象も多くあるが、この作品の場合は体験した日以降に不自然なぐらいにそれを話題にしていない(コップだけは自分専用のものにしたことはしっかりと書いているが)。
これでは目撃した事実のみを書き出して終えた方が、遙かに信憑性が維持できるのではないかと思った。
結局、怪異そのものに対しての恐怖が滲み出てこない(数年間同じ屋根の下にいるわけだし、気味悪いと思いつつも放置している)ために、先輩にかつがれたのではないかという印象だけが残ってしまい、何か脱力してしまった次第である。
実際には、このような“見て見ぬふり”というのも怪異に対する対応としてはあると思うが、それをストーリー上に出すためにはそれなりの理由が必要であり、この作品のようにそれきりで終わってしまうと却って胡散臭さが出てしまうということである。