作者別短評(1)

そろそろ推薦の時期なので作者別の講評をやろうと思う。
ただし今年は短評で済ましておきたい(個人的にはこっちの方が難しいかもしれないが)。
とりあえず今まで通り、3作品以上応募された方のみの評とさせていただく。


その前に、全体的な評から…
今回は相対的に筆力が高い応募者が多かったような気がするが、【怪談】に限定すると良い意味でも悪い意味でも「慣れていない」という印象があった。
特に加藤氏言われるところの“引き算の怪談”については、良作が前2回と比して格段に後退している。
ある意味新しい傾向・新しい可能性と言えば聞こえがいいが、個人的な見方としては、過去の怪談スタイルの良き伝統に対するアンチテーゼとして登場したのではなく、単に応募者がそのスタイルを見慣れていないというところに起因しているのではないかということに尽きる。
そして結論としては、そのような“怪談小説”風の作品に対してはまだ食指が動かないという意見である。
リアルさの追求も出来ているし、怪異のツボをそれなりに消化できているし、文章も端正に整っていると思う。
だが、リアルな描写の果てにある“恐怖”という名の原初的な感情を揺り動かすような凄味を感じさせてくれるだけの作品が少なかったということである。
もっと厳しいことを言えば、文章を書く“作者”として綺麗に書くことにばかり目がいってしまい、怪異を収集して公開する“伝道者”としての役目を自覚せずに作られた作品があまりにも多いように感じている。
なぜ“実話”にこだわるのか?
これをもう一度考えた方がいいのかもしれない。
これは単なる【大会規定】というものを意味するだけではないのだから。


【No.1】
自己体験を中心に書いているが、またそれが主観的な根拠で包まれているために、読者からすると非常に独りよがりに近いものを感じてしまった。
また体験した怪異そのものが弱いのが、どうしても低評価に繋がったというところである。
ただ自分の体験した事柄を伝えることが目的であれば、十分達成することが出来たとは思う。


【No.2】
筆力自体はなかなかのものがあるが、怪異の本質に迫るという点では見劣りがした。
書き方次第では相当希少なネタもあったが、自分の書き方のスタイルにこだわってしまったためにそれを完全に活かしきることが出来なかったように思う。
やはり『腐る』あたりのネタで平均点以下の得点しか取れないのは、怪談を書くという特化された場面ではやはり苦しいと言わざるを得ない。


【No.3】
とにかく饒舌な文体で微小なところまで事細かに描写するスタイルを堅持している。
一つのスタイルとしては完成されているかもしれないが、どうしても怪談としての面白味には欠けると言える。
初期の岡崎さんシリーズは説明過多のわりには肝心な部分での甘さがあったが、後半の江藤さんシリーズはその詰めの甘さを膨大な文章描写でフォローする手に出たが、怪談として成功したかと言われるとやはり首を傾げざるを得ないところである。
肝の部分が記憶の淵から浮かび上がってくるような書き方が必要なのでは。


【No.5】
“語りかけ調”という怪談スタイルではあまり見ないスタイルで前半飛ばしていたが、やはり限界があったようである。
馴れ馴れしさや同意を強制されているように読者が感じたところに反発があったように思う。
そしてそれに付随する特徴として“体験者目線が必要以上に強すぎる”ことが挙げられる。
そのために客観性を失うことがよく起こってしまったので、そのあたりのバランスを考えないと今後も厳しいだろう。
描写で全体像を描く書き方を織り交ぜれば、良いかもしれないと思う。


【No.6】
正直なところ、安定した書き方が出来ていないという印象である。
書きようによってはまだまだ評価がうなぎ登りになるだろうという作品が散見でき(『幽霊家族』『カマキリ』『夜釣り』など)、書き方による当たり外れが非常に激しいように感じる。
ネタの引き当てが良いだけに、却って出来映えの良し悪しが目立ってしまっている。
肝をしっかりと見定めて書くことと、気の利いたオチを狙わずに、肝に見合った“落としどころ”で締める工夫に徹した方が締まった作品になるように思う。


【No.7】
それなりに怪異の質に合った書き方を選択して、硬軟取り混ぜて文章を書いている。
ただ全般的に、体験者のキャラクターが立ってくると得点が低くなっていく傾向がある。
しかも怪異の本質とあまり関係のないところでの人物の性格描写に問題があるので、むしろ“あったること”を中心として展開させる方が結果としては良いのではないかと思う。
描写力の洗練が向上のカギではないだろうか。


【No.8】
怪談作品としては雑然としているのであるが、とにかく粘着質の文体がいやが上にもねっとりと取り付いて来るという印象である。
言うならば、書かれている内容の背景から迫ってくるものがあるという感触が非常に強いのである。
良い意味で“実話怪談”らしい作品が並んでいると言えるだろう。