【0】対座風呂

あやかしとの遭遇譚なのであるが、全ての点において中途半端という印象であった。
風呂場に現れたあやかしは描写から考えるとなかなか怖いと思うのであるが、それに対する体験者のリアクションがオーバーとしか言いようがなく、そのギャップに怖がっていいものか笑っていいものか判断がつきかねるのである。
初遭遇の時に“パンツも上げずに逃げた”場面はどうしても恐怖より笑いの方が勝ってしまっているし、思いあまってバスタブを土で埋めてしまった行為についてもシュールなコントのような印象が先に出てきてしまうのである。
それでいながら、あやかしそのものの描写や登場のさせ方を読んでいると、真剣に恐怖感を煽ろうという意図が見えるわけであり、この両者の温度差はかなり悩みどころに映った。
もし恐怖感を全面に出す作品としたければ、体験者の珍妙なリアクションをどうにかしないといけないだろう。
例えばバスタブを埋めてしまうところでもっと鬼気迫る体験者の状況を書けば、ある種の臨場感が生まれただろうし、また大家にそのバスタブを見せたというエピソードなど書く必然性は全くなかったと言える。
結局のところ、書き手自身がこのエピソードをどのような形で読者に提示するべきか、怪異の本質がどこにあるのかを吟味する前に、全ての事実関係をありのままに書き出してしまったために、何となく半端な印象だけが残ってしまったように思う。
“あったること”を丁寧に書き出すだけである程度作品として成立するものだが、このエピソードだけは素のままでは感覚的にずれてしまう危険性があるために、書き手がきちんとそれを整理すべきだったという意見である。
もっと全体的におどろおどろしい雰囲気が生まれていれば、十分良い内容になっていただけに残念である。