【−3】落ち武者

単純な怪異目撃談であるが、“怪談”を書く上でやってはいけない致命的なミスを犯しまくっている。
タイトルに目撃したあやかしそのものを出してしまっている。
これでは落ち武者の生首というインパクトのあるものが登場したとしても、何の驚きも感じることが出来ない。
言うなれば、これから出てくるあやかしの予告をしてから登場させているようなものである。
落ち武者の生首からさらにとんでもないどんでん返しが起こるのであればよいのだが、生首の出現だけで終わっているのだから、100%仕込んだネタをばらしていると言わざるを得ない。
さらに怪異に対して無根拠な解釈を施して体験者がさらに想像をふくらませてしまっている。
さすがにここまで根拠のない理由付けで誘導される読者はいないと思うが、それでも起こった怪異の価値を貶めるだけの存在でしかないことは明白である。
別に怪異の因果までを書き足さないと怪異が成立しないわけではないし、むしろ誤った解釈と認識されればそれまで、百害あって一利なしである。
そして怪異の目撃者に霊感があるかを云々することも、胡散臭さの元凶である。
体験者自身が日常的に霊と遭遇していることが前提で成り立っている怪異譚であればその旨を書くことは妥当であるが、それ以外のケースではむしろ隠してでも書かない方がすんなりと話が進むものである。
二昔以上前の怪談話であれば、こういうパターンでも十分通用するかもしれないが、さすがに目の肥えた読者が増えた現在ではこれでは子供向けのお話しとしてしか許容できないだろう。