【+1】墨壷

古物の怪、しかも墨壷という非常に専門的であり、また特殊なフォルムを持つ器物にまつわる怪異ということで、もうそれだけで十分堪能させてもらえる怪談話であった。
墨壷は、重要な大工道具の一つとして、職人が現役である間はまず手放すことがない一品である。
それ故に、職人の魂が籠もる品物であるという認識があり、それでいてそのフォルムから工芸品としても珍重されるところがあり、そういう部分では刀剣の類に近い存在ではないかという認識を持つ。
この作品でいえば、その墨壷の中でも珍しい“朱壷”であり、またその色が“血”を連想させるため怪異度が増しているように感じる。
これだけの条件が揃えば期待感が湧く話であり、実際に怪異そのものもまさに“墨壷”らしい仕事ぶりと言わざるを得ない。
ある意味ピシャリと読み手の想像通りに近い、理想的な展開を示していて落ち着いて読むことが出来たと言えるだろう。
また最後にある店そのものにまつわる怪異もよくある部類のものであるが、この道具に付随する怪異なら“さもありなん”という感じで受け止められた。
ただし欲を言えば、これだけ古風な道具にまつわる怪異だけに、あまり恐怖感を煽るような記述(敢えて“血”という言葉を大仰に使うなどの表記)を避けて、不思議感で一杯になるような柔らかな印象へ持ち込んだ方が一層雰囲気が出たのではないかと思ったりもする。
非常に良い味を出しているネタを、それなりに料理できたという印象の作品であるだろう。