【−1】聞こえてるじゃん

この作品における最大の問題点は、自転車ですれ違うという設定と、書かれている言葉から読みとれる距離や時間経過に明らかに齟齬が生じていると判断せざるを得ないことである。
正直に言うと、初読の際に体験者は徒歩であり、対するあやかしも自転車を押して歩いているものだと勘違いしていた。
あやかしの会話のテンポが非常に間延びしており(会話の途中で体験者の詳細な目視確認が入ってきているから、余計に時間が掛かっているように感じる)、かなりゆっくりと移動しているという印象だったわけである。
しかも、あやかしの本体である女の生首を目撃する部分も、自転車同士ですれ違うというわずかの瞬間ではっきりと見えるものなのかという疑念もある。
過去の大会でも、乗り物での移動中の目撃譚がかなり公開されているが、やはりその時に一番気にするのは、乗り物の標準的な速さに対して時間と距離感の部分で違和感があるかどうかの判断である。
例えば高速道路の脇に立つ人影について事細かな情報が書かれていれば、どうやって体験者は認知したのか奇異に感じるわけである。
この作品も結局、その部分でつまずきを覚えてしまった次第である。
また怪異そのものについても、おそらく生首だけではなく、自転車も乗っている男も全てがあやかしという解釈が妥当だと思うが(男が生身の人間であれば、あやかしの生首と親しく話すという、別の意味でとんでもないシチュエーションになってしまうだろう)、希少性の面から言うと、それほど特筆すべき怪異ではないだろう。
異形のものとの遭遇譚としてはごく普通のレベル、ただしどうしてもスピードに関連する部分で強い違和感を覚えたので、評価としてはマイナスとさせていただいた。
距離や時間の具体的な数字があれば、確実に問題は解消できたと考えられるだけに、少々残念である。