【+2】腹の傷

余り類例も聞いた記憶がないような、不思議な怪異譚である。
単に異様な傷が浮かび上がっただけではなく、一時的ではあるにせよ自分以外の家族がその傷についての記憶を有していたというところに異常さを感じる。
ある種の“異界”に体験者がはまりこんだのではないかという判断をしたい(ただし学校に行ってからも傷が存在しているのだから、厳密な“異界”とは言いきれない、ある意味カテゴライズすら不能な強烈な怪異であると言うべきかもしれない)。
仮にこの作品を一つの“異界体験”と捉えた場合、異界の時空における体験を徹底的に書き記す必要性があると思うのだが、残念ながらその点で言うと、この作品はまだ不完全という印象が強い。
例えば問題の傷であるが“鉈で切った”とあっても、その具体的な傷の様子が分からないために、ディテールに欠けるというように感じる(授業中に服の上から触って傷を確かめていたと書いているから、相当はっきりした傷だろうと推測できるのだが、何か明確なイメージにまで繋がらないのである)。
また、家族の傷に対する証言で異常な状況になっているのは分かるのだが、それ以外のディテール、例えば家族の行動などが記述されていないために、これも厳しい言い方をすれば“かつがれているのではないか”という印象をどうしても拭い去ることが出来なかった。
特に前者の傷に関するディテールの不足は、この怪異の肝となる部分に直結しているので、作品そのものの説得力にも影響してしまったように感じる。
おそらく書き手としては、とんでもない状況に追い込まれてしまった体験者の狼狽ぶりに焦点を当てて作品を展開させようとし試みたのだろうと推察するのであるが、そのために怪異の客観的確証の部分をやや削り落としすぎたのではないだろうか。
もし朝のドタバタ劇の部分でもう少し事象に関するディテール(傷の様子やそれに対する家族のリアクション)が書かれていたら、なかなかの佳作に仕上がっていたと思う。
怪異の希少性は抜群であるので、そこそこのプラス評価とさせていただいた。