【−3】銭湯

あやかしの見えているシチュエーションがすんなりと理解できるような描写ではなく、その点でマイナス評価とせざるを得ないというところである。
明らかに生身の人間が入り込める場所ではないということは理解できるし、またあやかしの見えている姿があり得ない状態であることも判断できるのだが、とにかく見えている場所そのものの位置関係を把握することが非常に困難なのである。
あやかしが見えている場所そのものの説明が分からないとなると、さすがにその信憑性にまで疑念が及ぶわけであり、厳しい評価とさせていただいた(通常は少々の文の稚拙さには目をつぶるが、本質の部分でのたどたどしさだけは見過ごすわけにはいかないわけである)。
そして店の状況とあやかしとの関係についても、やや想像が勝ちすぎているのではないかと思わせる部分があった。
店主の調子が悪いことと店を閉めていることを冒頭と末尾に置くことによって、このあやかしの存在との関係を示唆使用と意図していることは判るのだが、この両者の因果関係を示すだけの根拠が皆無なのである。
あるいは体験者がそうと思うだけのものを体験しているのかもしれないが、それが全く作品中で明示されていないのである。
これではあまりにもあざといと言うしかなく、読み手がすんなりとこの因果関係を受け入れることは非常に難しいと言わざるを得ない。
もしかすると単なる目撃談だけでは足りないと判断して“思わせぶり”として前後に入れた可能性もあるかもしれないが、一度きりの目撃であり、しかもあやかしの正体を特定化させるだけの要素もなく、店との関連性も憶測の域にすら達してない状態では、やはり取って付けたような感触は否めないところである。
結局読み手を納得させるだけの条件が整っていない状態で“思わせぶり”を提示したところで、却って胡散臭さを漂わせるだけで終わってしまうことになる。
怪談としてより不気味なものに仕上げようと意図することは悪いとは思わないが、それが実状と合っていないレベルで展開されていてもただの“空回り”でしかないということである。
本質部分でかなり致命的なミスがあると判断して、かなり厳しいマイナス評価とさせていただいた。