【+1】抜いてはいけない

昔の記憶なので完璧ではないが、福岡の旧犬鳴トンネルへ行く道すがら“幽霊がいる”という看板があり、そこでは霊体と思しき写真が撮れたという話を聞いた覚えがある。
面白半分に立てられたのかは分からないが、そのような雰囲気を持った場所で遊び半分でもそういうことをすると、ある種の“言霊”が発動するのだと、妙に感心した次第である。
この作品を読んで真っ先に思い出したのがこのエピソードであり、それ故に個人的には非常に納得のいく話であった。
おそらくこの杭打ちされた看板も、誰かがイタズラで書いたものである可能性の方が高いかもしれない。
この看板に書かれた文言が、そこから見下ろすことが出来る墓地を想定して書かれていることが推測できるし、たぶんスポット探検と称して訪れた者が勝手に作ったものであると考えるのが妥当であるだろう。
しかしそれがいつしか書かれた文言が本当に意味をなすものと化し、それを除去することを拒むようになったのではないだろうか。
この作品の面白いところは、全てが憶測の域を出ないもの(杭を抜く場面で下から聞こえた声ももしかすると“イタズラ”の延長線にあるのかもしれないと言える)なのだが、それが書き手の作りだした雰囲気の中で有機的に効力を発揮していると認められる点である。
“あったること”の積み重ねに圧倒されるというよりは、意図的に繰り広げられる世界にドップリと浸かり込まされる中で、徐々に書き手のコントロール下に置かれてしまうという印象が強いのである。
どこか小説めいた部分はあるが、決して事実をひん曲げているという風にも見えず、読み手に微妙な印象を植えつけることに成功しているのではないかと思ったりもする。
いわゆる“読ませる”タイプの実話怪談という位置付けであるが、それなりに成功しているということで、プラス評価とさせていただく。
ただ凄絶な怪異というわけではなく、そのあたりは書き手の意図だけで乗り越えられない次元もあると言えるだろう(脚色を大いに出来るわけでもなく、そこは“実話”の宿命ということになるのだが)。