【+5】鬼を見た

怪異が起こった当時の雰囲気が文章の中で再現されていると感じるところであり、民俗学的な情報もかなり詰まっているとも思うほどのしっかりとした内容である。
そして何といっても怪異そのものの凄惨さ、さらにはその描写の緊迫感といい、まさに一級品の怪談であると判断するしかない。
怪異の解釈をするならば、憑依体質(文中にある“魂が不安定”という表記は、自分以外の何ものかに支配を受けやすいという意味であると捉える)の体験者が、呪法によって“他のものが憑依しないように”ある特定の何ものかの憑依を受け続けることとなり、ある種“生きた式神”と化して使役される運命を負ったと見たい(それ故に“お遣いさん”と呼ばれるようになったのだが、表記が“使”ではなく“遣”と意図的にされているところを見ると、体験者は既にその意味を確実に知っているとみなした方がいいかもしれない)。
ただ、憑依したものの存在があまりにも強力であったために、逆に使役する者の命を奪いかねないほどの暴走を起こし、惨劇となったに違いない。
書き手はその核心部分を隠したまま、読み手の想像力を刺激するかのごとく、最後まで手の内を明かさない。
最初それは単なる効果を狙っただけという印象であったが、その核心が語られた後の体験者の心情の吐露が続くこととなって、印象は一変した。
おそらくこの事件の核心を体験者に伝えたのは、両親だったと推測する。
それは“決して村に帰ってはならない”条件と引き換えの真相の告白だったのだと思うし、同時に“もはや「人」として生きてゆくことが不可能に近い”ことを言い渡したとも想像できる。
自身の話しぶりから、体験者はあの事件以降“鬼”になることはなかった、つまりその事件の状況を聞かされた時に全ての真相を悟らされたと思うわけである。
読み手にとっては怪異のクライマックス、最もエキサイティングな場面であったとしても、体験者にとっては“人として生きる”全てを奪い取られた絶望の始まりなのである。
強烈で衝撃的な怪異であると同時に、一人の人生を狂わせてしまった慟哭を禁じ得ない、非常に重くてウエットな部分を併せ持つと判断したため、限りなく最高点に近い評価をさせていただく。