『真っ赤な自転車』

一幅の絵が描けてしまうのではないかと思うほど、非常に印象的な怪談である。まさに“情緒的”という言葉がしっくり来る内容である。怖さよりも不思議感、それも体験者がふとサドルに触れようとしたのが理解できるような、淡くてたおやかな印象に満ち溢れた光景を想像してしまう。まさに【幻談】である。妖しいが故に放つことの出来る微妙な感性の産物であると言えるだろう。
怪異そのものの印象もさることながら、その怪異に至るまでの情景説明が実に効果的に雰囲気を作りだしている。“久々に同郷の友人と酒を飲み”そして“満天の星空と満月”を眺めるというくだりで、既に都会の喧噪から離れた、ゆったりと時間が過ぎていくような印象を持った。酔っぱらっている最中に怪異に遭遇するシチュエーションは、酩酊状態で見た幻覚の危険があるのであまり書くべきではないと主張しているが、体験者の帰り道での行動がさほど酔っていないと思わせるように(かなり理性的な判断をしているのが判る)書かれており、むしろ幻想的な雰囲気を生み出す一つのファクターにすらなっているように感じる。怪異そのもののたおやかさも全体の雰囲気を作っているが、その前に配置されたディテールの巧さは、書き手のセンスの高さを示していると言えるだろう。優れた怪談は怪異の描写だけで勝負しているのではなく、むしろそこに至るまでの情景描写で雰囲気を決定付けている部分が大きい。この作品はそのお手本のような書きぶりであり、だからこそ絵画的な印象を持つことが可能なのである。
怪異そのものは小さいものであるが、非常に良くまとまった怪談話であり、評価は高いものがある。
【+2】