『一日、深夜』

文章の展開によって、体験者の恐怖感がエスカレートしていく様子が分かるために、読み手が共感しやすいストーリーになっていると思う。しかし精査すると、起こっている怪異が換気扇の蓋の落下とドアスコープの光の遮断という非常に些細な現象であり、また体験者(話者)よりも部屋主のメグミさんの方がもっと強烈な体験を有しており、内容としてはかなり微妙な怪異譚であると言えるだろう。それ故に、読み方次第では、雰囲気先行で実体の薄い内容であるとも感じられる。
純粋に現象だけで怪異を推察すると、発端がメグミさんの夢であり、それを見るようになってから月に1回、一日に換気扇の蓋が落ちるという現象が連続的に起こる(今回が6回目)ようになったことがメインであると言える。ただしこの怪異体験はメグミさんだけのものであ。そして当日起こったドアスコープに関する現象は、直接怪異を見たのではなく、間接的に誰かがいるというレベルのものであるとも言えるだろう。見間違いであるとは言わないが、やはり怪異とみなせるだけの説得力は弱い。
意地悪な見方をすれば、この怪異譚には実はメグミさんが夏目さんをかついだと言ってもそれを否定出来る材料が見当たらない、つまりドアスコープは偶然の産物ではあるが、根本的に夏目さんを脅かすための作り話であったと言われても致し方ない部分があるわけである。ただその疑念を払拭させるだけの書きぶりで読み手を引っ張ることが出来ているために、ほとんど違和感なく読ませているといっても良いだろう。ある意味、書き手の筆力によって破綻なく怖い話に仕上げることに成功した作品であると思う。
超常現象としての怪異の記録という点では見劣りするものの、体験者の恐怖感(それがかつがれたものであったとしても)を抽出することに成功している分だけ、怪談の醍醐味を存分に発揮した作品であると言えるのではないだろうか。一応プラス評価ということにしておきたい。
【+1】