『夜の街で……』

“実話怪談”というジャンルにおいて最も犯してはならない決まり事は、何と言っても“事実誤認”に尽きるだろう。実話と名乗るからには嘘や捏造は許されるものではないし、また怪談というジャンルそのものが常に常識外の内容を扱う故に、一つでも誤った情報が提示されると、それだけで全てが否定されてもやむを得ないと言わざるを得ない。常識が通じないものを扱うということは、それ以外の部分のリアルが要求されているわけであり、たとえ怪異の本質部分でない箇所で誤謬があったとしても、それが作品そのものの信憑性にとって致命的になることすらある。
この作品の場合、既に指摘があるように、怪異の基盤となる「悪魔の曲」として提示されているタイトルが全く別のものという、とんでもない誤りが存在する。はっきり言えば、この段階で最低評価を受けてもやむなしである。出版界で言えば“回収・絶版”級のミスである。
(ただし書き手の名誉のためにも書いておくが、以前からこの2つの曲は取り違えられることがあるようで、ネットで調べてもそのような記載があった。この作品の怪異があったとされる年代でも、既にCM放映時から10年ほど経過しており、体験者の誤解というより、先輩自身が誤解したままその曲を使っていたと考えてもおかしくないと思う。ただこのような“思い違い”の状態で起きた怪異の場合、やはりその誤解部分はカットするなり、あるいは何らかの事情説明をしておく必要性はあるだろう。それがなければやはり書き手の怠慢と言われても致し方ない。)
しかし怪異については、非常に興味深いものがある。特にディスコという不特定多数の人間が集まる場所で、複数の同時目撃者が存在する怪異は貴重である。また先輩のいうことが正しければ、問題の曲を鳴らせば確実に同じ霊体が現れるという部分にまで話が広がるわけである。それ故に、曲の誤解さえなければという、非常にもったいない気分になる。
その他、体験者と先輩との会話など冗長な部分も多いのであるが、ただこの当時の風俗を示す証言として考慮、また先輩の履歴についても“知る人ぞ知る”人物を実話に登場させることでの信憑性の獲得というように解釈することが可能であるため、極端な減点の対象とは考えなかった。ただ返す返す残念なのは、有名都市伝説にまつわる名曲を取り違えて紹介した、ただ一点のみである。しかしながらこのミスは最初にも言ったように致命的である。他の部分を評価しつつも、やはり評点としては最低レベルとしたい。これが怪談の質を維持するための最も有効な手段であるとご了解いただきたい次第。もし誤認がなければ、間違いなくプラス評価としていた。
【−6】