『海苔』

怪異の内容については、特に際立ったものはないと言える。あやかしを目撃して逃げ帰るが、後を追いかけてきたようにそれが家を覗き込んでおり、さらに家族もその存在を確認してしまうというパターンは、定番と言われても仕方がないだろう。あやかしの様子が多少珍しかろうと、女の髪の毛が父親の肩に付いていたというきつい終わり方になっていようと、ほぼ型通りの展開であると言っても間違いなく、飛び抜けた希少性を感じさせる内容ではない。どちらかと言えば、先が読めてしまうレベルの展開であるだろう。
しかし、この作品の魅力は、体験者の恐怖感が非常に具体的であり、その分だけリアルな印象が強まっている点である。怪異としては定番であっても、体験者自身が生まれて初めて遭遇するものであれば、当然恐怖感は最高潮に達しているはずである。その感情を描写によって事細かに表現出来ており、臨場感と緊迫感に溢れる展開が出来ている。またその感情の流れが、平凡であるはずの怪異を盛り上げていると言ってもいいだろう。特に最後の場面で、父親が崩れ落ちるところは、思わずハッとさせられるほどの瞬間であった。
ただし作品全体を通して見ると、かなり冗長という印象が残る。上に挙げた恐怖の感情表現も、ややもするとくどさを感じるところもあり、はっきり言って紙一重の差であるかもしれない。また過剰な説明もいくつか見られ、特にやたらコミカルな書き方へ持っていこうとする傾向がある。タイトルもその典型的な例であり、まさかこれが髪の毛の比喩であるとは、その場面に来るまでは予想もしていなかったわけである。だが窓にへばりついた髪の毛を“海苔”と比喩する必然性は薄く、さらにこれをタイトルに持ってくる意図は全く判らない。ただ面白可笑しく奇を衒ったというぐらいしか感じるところがないのである。また髪の毛のトピックのところでも、不必要な笑いを取ろうとしているところがあり、却って迫真の部分に水を差していると感じた。サービスが良すぎて、本筋を外しているという印象である。
全体にはプラス評価ではあるが、高評価をつけるほどの作品ではないというところで落ち着かせていただいた。
【+1】