『体育館』

この作品の評価を一番左右したのは、体験者が“警備員”という職業にある点である。体験時は非番であっただろうが、それでもやはりこの種の建物内で起こった怪異については“プロの目”と言うべきものが働いて然るべきだと思ってしまうわけである。要するに、専門的知識を持ち合わせているからしっかりと検証するだろうハードルの高さを、読み手が暗に要求することになると予測出来るのである。
ところが残念なことに、体験者達の怪異に対する観察はまさに素人並み、問題の体育館から30メートルも離れたところから怪異を確認し、しかも確認するやいなや車に乗り込んで逃げる。さらに逃げている最中も怪異と思しき現象に遭遇して肝を潰し、最後は命からがら助かったと安堵する。これでは“警備員”という職務を全うしていないのではないか(本当は勤務中ではないのだから、おかしいのであるが)という印象ばかりが残ってしまった。“実話”だから致し方ないのであるが、読み手の設定したハードルを遥かに下回る結果になってしまった感が強い。(これが仮に他の職種の人間の体験であったなら、大抵の読み手は今回のような行動になったとしても納得するだろう。このあたりが刷り込みイメージの怖さである)
怪異そのものはかなり強烈な部類に入るだろう。というよりも30メートルも離れていながら、鮮明な音が聞こえているという段階で、相当な曰く因縁がある場所ではないかと思わせるものがある。またその音が非常に具体的であり、怪異の信憑性はそれなりにあると推測できる。
ただ逃げる途中の車内で起こった怪異については超常的であるとは言い難い部分があり、やはり結露したガラス窓に水滴が落ちて、あたかも指でなぞったような跡が付いたのではないか(“山をある程度下りたら消えた”とあるので、その疑念はかなり強いものがある)。ここも正直なところ、逃げている“警備員”というイメージが固着しており、腰が引けて枯れ尾花を見ていると感じる方が強くなっているかもしれない。
条件的なもので非常に損をしている作品であるが、それでも純粋に怪異だけ取り出せば、それなりの信憑性を認めうる内容であると思う。総合的には、可もなく不可もなくというところの評価とさせていただく。
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