『ダイビング』

幽体離脱”ネタである。しかも定番中の定番のレベルであり、ディテールを除けばほとんど既視感すら漂う展開である。
最初の金縛りであるが、これも幽体離脱の際に起こる現象であり、希少性はほとんどない。さらに言えば、かなり詳細な説明をおこなっているが、これもよくある金縛り現象の説明であって、特殊性は皆無である。以前から指摘しているように、“金縛り”ネタはよほど特別な展開がない限り、それが起こったことを徹底的に書いたとしても“怪談”としては無価値に等しいということである。
そして本題の幽体離脱についても、このレベルの話はごまんとある。離脱中に“階段の踊り場の三組の布団”という変わったものを目撃して信憑性を強調しているが、この種のアリバイめいたディテールについてもあって当然の内容であって、これがなければただの“夢オチ”とされてしまう、必要最小限程度の認識である。とにかく“記録”としては認めるが、この内容では“怪談”として読み手に提示出来るだけのものではないというのが結論である。
また金縛りと幽体離脱の際に、具体的な比喩を多用して状況を説明しようとしているが、これも多くが空振りになっている。金縛りの時の“ハンドルロック解除”の比喩はまだ何となく理解出来る。しかし幽体離脱した時の“薄いグレーっぽい自分。無理やり柘榴を割るような、鈍い感触”というのは、具体的な言葉を用いているが、非常に感覚的で曖昧な表現になってしまっている。詩などの韻文であれば、こういう表記は有効かもしれないが、これだけで幽体離脱の瞬間の感覚を“説明”するのは難しい。もう少し的確で具象性のある言葉の説明があって、初めて活きてくる表現であると思う。そして最後の幽体離脱が終わる時の“シューー!!っと巻き戻される”という比喩はあまりにもありきたりすぎて、紋切り型の言葉になっている。幽体離脱が初体験というせいもあるかもしれないが、どうも表現のバランスが悪いと言うしかない。
丁寧な表記を心掛けて書いているのは分かるのだが、いかんせん、ネタがあまりにも陳腐であるために、全くといっていいほど興味を惹く内容ではなかった。残念ながら、マイナス評価ということで。
【−2】