『観察』

結論から言うと、傑作になり損なった怪作。あらゆる負の感情を巻き込んだ内容の怪異譚であるのだが、正直書き手が持て余してしまったという印象である。
怪異は大きく二つの階層に分かれる。体験者が目撃している隣家の家族のあやかしの存在が一つ。家庭内暴力が原因で失踪した母娘の霊体の不気味な行動はかなり強烈なイメージであり、こんなものがグルグルと家の周りを徘徊する光景は、怖いという以上におぞましい限りである。そしてもう一つが、体験者自身がこのあやかしにはまっていく展開である。“欲情”とか“興奮”という言葉を用いて扇情的な印象を出しているが、ある意味取り憑かれているわけである。この二つの怪異が同時進行で起こっていくという、とんでもない展開を擁する話なのである。
ところが、これだけのきつい内容であるにもかかわらず、展開は割とあっさりしている。母娘の霊体の姿形についても言及しているのであるが、とりあえず一通りという感じで書かれており、グロさを全開にするところまで至っていないと感じるところが大きい。また体験者のはまりぶりについても、それなりの説明はなされているが、その狂いっぷりと言うべき部分まで書き込まれていないのである。要するにこの二つの怪異の軸を交互に書いているが、とことん突き詰めた筆力で圧倒的に書ききっていない印象ばかりが残るのである。時系列的に事実を追いかけるのが精一杯のようにすら見えるのである。
そして隣家の家族全員失踪から家屋の解体に至るまでの流れも、あまりに駆け足過ぎて、若干不自然さを感じる部分もあった。体験者自身が当時中学生ということもあったかもしれないが、もう少し警察沙汰になっていてもおかしくない状況だったのではないだろうか。この部分も取材不足というか、やはり言葉が足らないと思うところである。
全体的に概略的説明に終始してしまっており、このエピソード全体が放つ陰湿さまで表現が届いていないという感想である。目撃した怪異の状況をもっとつぶさに描写し、またその怪異に惹かれていく体験者の心理の変遷を丁寧に追いかけ、最後の顛末部分の詳細な事情が揃えば、本当に迫力のある怪異譚になっていただろう。もっと長い作品になっても良かったし、とことん怪異と向き合って書ききる努力を書き手はするべきだったと思う。とにかく惜しいの一言しかない。
【+3】