著者別短評の2

No.5
終了間際に11作品を投稿。作品の書き方に変化を付けており、また個人体験からきっちりとした取材まで手広くこなしている。それなりに創意工夫がなされていると感じるところである。しかし実話怪談の目線から見ると、ほとんど作品に共通する問題が存在する。“あったること”についての情報が不足していると強く感じるところが大きいのである。単に言葉が足りない、説明が曖昧であるなどの場合もあり、また表記によって混乱を生じさせたりすることもある。怪談のメインである怪異部分で読み手が詰まってしまうことが大抵であるために、いくら文章的な技巧で変化を見せても、結局のところ出来映えは良くならない。自分にとっては自明の理だから言葉をすっ飛ばす、主観目線による不足感とも明らかに違う、はっきり言ってしまうと、書き言葉による説明力や展開力に不安のあるレベルの書き方と断じてもいいかもしれない。一本槍の文章スタイルでも良いので、とにかく怪異をしっかりと描写説明できる筆さばきを身につけて欲しいと思う次第である。また怪異の肝を見極める感覚も養った方が良いと思うところも大きい。体裁を整えるだけでは、やはり怪異の本質に行き着くことは難しいのである。

No.6
2月と締め切り間際の2回に分けて11作品を投稿。殆どが一人称の“個人体験”のようであるが、作品を精査すると、年齢に違和感があったり(今から8年前に中学生だった人物が、長年のタバコの吸いすぎで肺を患うのは……)、兄弟の構成に疑問があったり、居住歴がしっくりこなかったりと、おそらく全てが一個人の体験ではなく、書き手が体験者の身になって書いているような雰囲気である。そのせいかもしれないが、人物を事細かに書く傾向が強いと思うところがある。ただしこれが怪異と上手くリンクしていない場合が多く、結局怪異がメインとなり切れていない印象に至ることになる。ただし人物に造形についても当たり外れが激しく、上手くいけばそこそこの評価となり、失敗すればダメという、安定感に欠けるものになっている。ある程度の文章修行はしているように見えるが、まだまだ精進すべきレベルという感が強い。はっきり言うと、書き手自身がコントロールして作品を構築できておらず、出来不出来が成り行き任せであるような印象を受けるのである。また怪異の肝を見定め切れていない作品も多く、こちらも当たり外れが大きいように感じる。書き手自身の意図が反映されるような構成と文章力に磨きを掛ける必要があると判断した。真摯な書きぶりがあるから、是非精進を積んでいただきたい。

No.7
3月期に6作を投稿。文章自体は落ち着いている感がするが、いかんせん、怪異に対する見極めの弱さが目立つ。中には上手く本質を掴んでいるのもあるが(ただしこれは結果論であって、偶然の産物であると言った方が正しいように思う)、多くは完全に外してしまっている。怪異の描写や説明が悪いというよりも、むしろ怪異をどのように際立たせるのか、あるいは怪異そのものをどのように解釈し表現すればいいのか、そのあたりの経験が積めていないように感じるところが大きい。特に低評価を受けた作品はその傾向が如実であり、手練れの書き手であれば敢えて公開することを避けたであろう怪異の内容であったと思う。また書き方次第ではもっと評価を上げても良いと思う作品もあった。実話怪談の場合は、文章力もさることながら、やはり怪異をきっちりと書き出すことが出来てこその部分が大きい(もっと強く言えば、怪異にリアリティーを与えるための筆力と言い切っても構わないかもしれない)。そのためには怪異についての知識も必要であるだろうし、どうすれば怪異の存在を最大限に引き伸ばすことが出来るかを考えた上で作品を構成する必要も出るだろう。このあたりの勘所を養うことが重要であると感じる。

No.8
2月初頭に2作、締め切り間際に1作の計3作を投稿。文章スタイルは全て同じ、体験者の心理の変化を独立した段落で畳みかけていきながら怪異を展開するという、実話怪談のフォーマットとしてはお馴染みのパターンである。相当程度怪談をたしなんでいる書き手であると推測する。また怪異の内容も希少性の高いものであり、このあたりも経験値の高さを感じるところである。しかしながら、作品の展開がかなり強引な手法であるように思う。謎を謎のままで放置しておけないというか、何らかの形で決着を見ないと気が済まないような締め括り方が気になる。そのために結構損をしている部分があると言えるだろう(ただし『陣』の低評価は、はっきり言って、悪意ある通り魔的な講評によるところが大きいと思う。本来であれば+10を越えていてもおかしくなかったはずだろう)。またパターンとしてある登場人物の心理変化の文章が異常なまでに細かすぎる。そして同じく、怪異とは直接関係ない部分での表記が詳細すぎる傾向が強い。記録性を重んじれば情報が多いほど良いかもしれないが、実話怪談は記録の側面と文学としての側面がある。それを考えると、過剰な書き込みであると言えるだろう。いわゆる“引き算の怪談”となるような書き方を改めるべきだと思うし、それによって作品も贅肉のない洗練されたものに仕上がったのではないだろうか。良質の怪異を扱っているだけに、惜しい気がする。