『私は人魂を見た』

非常に厳しい言い方になるが、果たしてこの書き手は本当の意味での“ホラージャンカー(怪談ジャンキーの意か)”と言えるのかという部分で引っ掛かりを覚えてしまった。
子供時代の体験であるが、説明の詳細さを考えれば、単なる目の錯覚や勘違いではない体験であると判断したい。またこういう怖い話好きにとって、自分自身の怪異体験はいくら些細なレベルの内容であっても語ってみたいと思う気持ちも理解出来る。その点で言えば、全く取るに足らない怪異体験談であるとして一蹴することは避けたいと思う。
しかし、その体験自体を評価する以前の問題として厳然として存在するのが、どうしようもないぐらい面白くも何ともない、ただひたすら冗長で無駄な書き手の感想なり意見の羅列である。照れ隠しか何か分からないが、とにかく自分の書いた内容に対して茶々を入れてみたり、怪異そのものと全く関係のない思いつきのような感想を差し挟んでみたり、とにかく怪異の内容よりもそちらの雑談の方がお気に入りかのように執拗に書き続けているわけである。いったいこの書き方に何のメリットがあるのか。“ホラージャンカー”と自他とも認める人間が、こんな書き方によって怪談を書けばどのような効果があるのか理解出来ていないのだろうかという、暗澹たる気分にさせられた。怪談話を多く見聞きする機会があれば、この書き方が怪談話の質を限りなく落として、単なる与太話にさせることぐらい気が付かないのだろうか。完全な“語り”であればこういう漫談風の喋りも多少はありだとは思うが(ただしこの場合も“笑い”と繋がる怪異に限定すべき。あるいは強烈なキャラが立った人物だけの専売特許であるだろう)、文章にしてしまえば、無駄以外の何ものでもない。
自分自身の体験談を一心に語りたい理由だけで、日頃触れる機会のない怪談の世界に飛び込んで投稿したというのであれば、こういう照れ隠しっぽい心理で書く人があっても寛容に受け止めるべきであると思うところはある。書き手自身は「小粒なネタを巧くさばいた」つもりなのかもしれないが、弄くりすぎて肝心の怪異よりも雑談部分の方が上滑りしてしまって、出来上がった作品そのものは読むに耐えないレベルのものに堕したと言わざるを得ない。小粒な体験でも真摯に書いた方がまだ好感が持てたというのが、偽らざる感想である。ただ一応れっきとした怪異を扱っている以上、最低点は付けないようにさせていただいた。
【−5】