『逢魔』

おそらく減点方式で評価すれば高得点、加点方式で評価すればそこそこの得点で止まってしまうだろうという作品。要するに瑕疵は少ないが、それがない分だけ、引っ掛かりも少ないということである。
冒頭の体験者のコメントから、怪異の本題に入るまでの簡単な流れ、さらに怪異の発端から体験者のリアクションと怪異描写を絡ませる書き方に至るまで、ほぼ完全に“怪談フォーマット”と言われるパターンの踏襲である。言葉の一つ一つはそれなりに吟味されているし、あやかしの描写についても、文ごとにはしっかりと捉えていると思うところが強い。それ故に何の破綻もなく読み進めることが出来る。しかし、あまりにもストレスなく読めてしまうために、強烈な印象を持つところにまで至らなかったのが、正直な感想である。
この怪異に登場するあやかしは、間違いなく妖怪でも幽霊でもなく、まさしく“魔”と分類出来る異形の存在である。しかもその登場の仕方は無差別的であり、あまり類例を見ない話であるだろう。ところがそのあやかしの禍々しさというか、体験者自身の恐怖感というか、そういう読み手をギクリとさせるものを文章からあまり強く感じないのである。きちんと整理されあたかも箇条書きのような印象すら持たせるあやかしの描写であったり、合いの手のように小刻みに挿入される体験者の心理描写であったり、とにかくそのあたりの展開が、特にコアな読者ほど心を奪われることなく淡々と読んでしまうことになったように思う次第である。
むしろ印象に残ったのは、実は、あやかしに襲われた体験者が助け出される場面からである。「体験者が意識を失った後に、何も知らない通りがかりの人に助けられる」話が圧倒的に多い中で希少な体験であるが、それが却って完全なフォーマット規格に収まりきらなかった感が強く(書き手はかなり無理をしてはめ込んだという個人的印象がある)、それが良くも悪くもインパクトに繋がってしまったと推測する。特に引っ掛かったのは、体験者を助けた男性の存在。あまりにも立ちすぎたキャラクターであるために、彼の登場によってあやかしのインパクトがさらに薄くなってしまった。実際、男性の登場から後に出てくるあやかしに関する表記はサラッとしたものになってしまっており、ある意味添え物扱いの感がある。極論すれば、この男性の活躍を引き立たせるために、前半であやかしの兇悪ぶりを描いていたのではないかという見方すら出来る。要するに、怪異譚であれば簡単に触れるだけで済ますべき救出の場面で、新たな謎を生み出す存在を提示してきたために、注目がそちらに向かってしまったということになるだろう。いずれにせよ、怪異のインパクトを弱くさせただけで終わってしまったという意見である。
結論としては、平均点を割り込むことは決してない出来ではあるが、コアな読み手を納得させるだけのものは見えてこなかったということで落ち着くのではないだろうか。怪談フォーマットは初心者には便利ではあるが、そこにはめ込むスキルを得ただけでは実力評価は低い。怪異の状況に応じては破格の扱いも必要であるし、読み手の目を惹くためにわざと仕掛けを施す必要もあるだろう。闊達に使いこなしてこそ“力のある書き手”ということになると思う。自分自身で「こう書いてみたら」と思う表現を多用してもいいのではないだろうか。
【+2】